暴力と宗教暴力と宗教
――闘争か和解か、人間の選択――
ホアン・マシア 著

B6判・並製・208頁 1600円(税別)(B047)
ISBN978-4-87232-047-3

人間はときに暴力に訴え、ときに平和を求める。「テロとの闘い」の名のもとに単純な善悪二分論が横行し、自説の正当化のために宗教が利用されている現在、この暴力の連鎖を断ち切り、和解とゆるしへの新たな道を探っていく。宗教の視点から現代の国際政治を理解するための格好の入門書。

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 目 次


まえがき

1章 『地上の平和』四十年後
ヨハネ二十三世の遺言/戦争断罪/戦争か外交か/宗教や正義の名によって暴力は正当化され得ない/名言を思い起こして

2章 迫害と保護の狭間に
恐怖と攻撃性/復讐と和解/宗教と世俗の権力/さまざまな立場での暴力/寛容と排他性/地平線の彼方に

3章 もてなしの人間関係
もてなしの語源/暴力よりももてなしを/喪に服す人類/もてなしの精神を妨げるもの/もてなしの文化を築く宗教/「もてなしの心」でバチカンの雰囲気を変えたヨハネ二十三世/自習のための示唆

4章 イエスの平和主義
『クロスファイア』/ランプの芯/剣をさやに納めなさい/善で悪に打ち勝つ/故郷で歓迎されなかった預言者/善玉・悪玉に人を分けるな/排他的でない教団のあり方/反戦運動家のための聖書個所

5章 「聖戦」の矛盾と「正戦」の過ち
原則と例外/正当な防衛の条件と限界/認められない例外/聖戦論の過ち/アウグスチヌスの戸惑い/トマス・アクィナスも神さまではない/現代の袋小路

6章 寛容の意味
寛容と不寛容/「一神教」だけが不寛容か/本来の宗教こそ寛容の源/断じてゆるされないものがあるのか/諸宗教と寛容

7章 植民地時代の戦争
国を愛するがゆえに/自分とは違う者を認めよう/南米インディオの尊厳/パリ大学からサラマンカ大学へ//ヨーロッパ人よ、おごるなかれ/「人でなし」として扱われる人々/先住民にも人間の尊厳がある/自国文化中心主義

8章 殉教と熱狂の違い
自爆テロは殉教ではない/侵略戦争の死者も殉教者ではない/十字軍の過ち/スペイン内戦の殉教者をめぐる論争/迫害と殉教

9章 政教分離の誤解
宗教と政治/政治問題と教会発言/政教分離の位置づけ/政権批判と教会/人権擁護/政党への所属

10章 信仰者と政治
「皇帝のものは皇帝に」/イエスは罠に落ちなかった/与党が聖書を利用する/野党が聖書を利用する/殉教者による聖書の読み方/消費税の話/ことばを置き換えると/神に返すべきもの/解放の原点/ラテン・アメリカ司教団の動き

11章 愛国心と原理主義
熱狂主義こそ宗教の自己矛盾/原理絶対主義の特徴/さまざまなファンダメンタリズムの台頭/古代の愛国心と宗教

12章 共生と共同
誤解から生じる質問/「木を見て、森が見えなくなる」/共生と共同善へのまなざし/生命の尊さ、人間の尊厳、平和の建設/軋轢と葛藤

13章 多様性と一致
「人間よ、おごるなかれ」/バベルの塔/物語の読み方/ことばが通じなくなった/バベルの塔の話は、罰か祝福か/聖霊降臨の話

14章 平和の建設と教会の立場
イエスの教え/教会と社会問題/教会の社会的教えに関する原則/教会の社会説教の百年/正義論の伝統/二十世紀前半の歩み/正義論を問い直す/二十世紀後半/二十一世紀に向かって/人権について/政治共同体と共通善/暴力をつかわない社会変革/歴史を振り返ることで生まれる視点/戦争を正当化する手段として神を用いる誘惑/近代の教皇たちによる戦争反対

15章 和解とゆるし
犯罪への対応/加害者と被害者/復讐ではなく、いやしを/敵のために祈る/ゆるされたから、ゆるす/だれしももつ両面性/暴力の座標軸/四つの要点

おわりに――3・11テロをめぐって


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