『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)

 2014年12月21日  待降節第4主日 B年 (紫) 紫

2014年12月21日
あなたは身ごもって男の子を産む (福音朗読主題句 ルカ1・31より)


お告げ エグベルト朗読福音書
  ドイツ
  トリール市立図書館 980 年頃


 キリスト教美術の歴史の中でも、特に愛好されている画題の一つは、この「お告げ」であろう。
  待降節第4主日B年は、いよいよ、この箇所のルカ福音書1章26−38節が読まれる日である。「アヴェ・マリアの祈り」の由来にも出会える、喜ばしい日となる。
 表紙絵はおなじみのエグベルト朗読福音書の絵。一部剥落も見られるが、そのことによって全体としてかすんだような、不思議な光景を映し出しているもののように思われる。
 場面の構成要素を簡潔なものに限定するという9〜11世紀の写本画の要素をここでも見ることができる。まず、背景の建物。直接には「天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた」(ルカ1・26)がきっかけであるが、この建物はイエスの出来事が起こる場所ごとに登場し、多くの場合はエルサレムを暗示する。しかし、むしろ、神の国を象徴的に現す要素となっていく面もある。この場合も、ガブリエルの「あなたは身ごもって男の子を産む……」から始まる、神の御子の誕生で始まる「ダビデの王座」、「永遠…の支配」(ルカ1・31- 33参照)、すなわち神の国の予告に対応する面があることを考える必要があろう。 お告げの場面の通例として、ガブリエルとマリアは、対等の位置関係で向かいあっている。その際に、ガブリエルの右手のしぐさは、イエスについてもよく描かれる、右手の2本の指(人指し指と中指)を少し開いて、祝福の挨拶を告げるしぐさである。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(ルカ1・28)。まさしく、「アヴェ・マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます」(アヴェ・マリアの祈り)の挨拶である。それと同時に、すでに神の子の誕生の予告がマリアへの使命の授与という意味合いも伴いつつ、このしぐさに含まれているのではないだろうか。祝福のしぐさは同時に神の力を伝達するという側面もあるからである。
 ガブリエルが左で握る杖は彼が、神から使命を託された者であること、しかも十字架が先についていることから、キリストの使命そのものを自ら担っている神からの使者であることの明確なしるしとなる。ガブリエルが「神の人」という意味の名であることを思うと、このお告げの重要さ、決定性が絵によっても強調されているとも感じられる。
 それに対応するマリアの手の動きは、写本画ごとに微妙に異なっている。このエグベルトのマリアの姿はルカ福音書のマリアのことばに対応させてみるとたいへん興味深い。ここはいろいろと想像を巡らしていくと、マリアのことばのニュアンスも深く味わえるようになる。
 まず、その左手。しっかりと開きつつ、垂直に天使のことばを受け止めている。一見、拒んでいるような角度にも見える。実際、マリアは天使の預言に対して、「どうして、そのようなことがありえましょうか」(ルカ1・34)と一見、疑い含みの反応に出ている。そのような対応をこの手に見ることできる。
 しかし、右手は、下から、天使のお告げをまるごと下から受け入れるように差し出されている。この手の動きこそ、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ1・38)というマリアの生き方、あり方を鮮やかに示す言葉に対応するものであろう。
 ガブリエルの右手とマリアの右手が囲む、ちょうどまるい空間の中にもうすでに神の子イエスが存在する。その空間の背景がグラディエーションによって、展開、広がり、成長を感じさせる青であることも我々の思いをいざなう。ここには聖霊の次元が広がりつつある。天使とマリアが出会う道も光をおびた金色の空間に変わりつつある。すでに神の国、神の道は開かれ始めているのである。

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