『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)

 2015年1月18日  年間第2主日 B年 (緑) 緑

2014年1月18日
「わたしたちはメシアに出会った」(ヨハネ1・41より)



使徒アンデレ
  フレスコ画(部分)
  ローマ サンタ・マリア・アンティクア教会 8世紀


 きょうの福音朗読箇所(ヨハネ1・35−42)における主人公は、洗礼者ヨハネでもシモン・ペトロでもなく、ペトロの兄アンデレである。注目すべきことに、アンデレは初め洗礼者ヨハネの弟子であった。それがヨハネの証言を聞いて、イエスの弟子に転じ、弟のペトロに「メシアに出会った」と告げてイエスとの出会いに導くのである。ペトロに先んじて最初にイエスの弟子になった人物として、東方では「プロトクリトス」(最初に呼ばれた者)と呼ばれ、4世紀にコンスタンティノポリスを中心に崇敬が高まる。ペトロやパウロを高く崇敬するローマに対する張り合いの意味もあったらしい。
 しかしミラノをはじめ西方でも徐々に崇敬が広まり、6世紀にはラヴェンナでアンデレに献堂された礼拝堂が建てられる。そこのモザイクには、白髪を逆立て、髭を生やした烈しい意志の男性として描かれている。以後も、年長の男性(ペトロの兄として)の印である白髪と髭が彼の属性となる。アンデレという名の元のギリシア語アンドレイスは、「男らしい・勇敢な」を意味するが、この8世紀のローマのモザイクは、まさに太い眉、強く見開かれた大きな目、眉間から鼻にかけてのはっきりした線によって、その男らしさを強調している。
 このアンデレの絵をヒントにしながら、考えてみたいのは福音書における「見る」の重みである。特にきょうの福音朗読のヨハネ1章35−42節には、「見る」やそれに類する語がたくさん出てくる。
 洗礼者ヨハネが歩いておられるイエスを「見つめて」、「見よ、神の小羊だ」と言う。イエスは、ヨハネの二人の弟子が自分に従って来るのを「見て」「何を求めているのか」と訊かれる。どこに泊まっているのかと言う弟子たちに対して、イエスは言葉で答えず「来なさい。そうすれば分かる」と言う。つまり百聞は一見にしかずと答えたようなものである。弟子たちは実際、ついて行って、どこに泊まっているかを「見た」。二人の弟子のうちの一人がアンデレであるが、彼は、弟のシモンに「わたしたちはメシアに出会った」と言う。出会うも、見るの一つの形である。彼に連れられたシモンを、イエスは「見つめて」「ケファ」と呼ぶことにするという。
 この「見る」の展開を追っていくだけでも、イエスの現れ、イエスとの出会いの緊張感が伝わってくる。ここでの「見る」はただ日常的な、だれそれを見ることではなく、神を「見る」こと、神の眼差しのもとにあって「見る」ことであろう。そしてイエスのうちにまさしく神を見る者はただ「見よ」とあかしされるほかないのである。そのような、人間的な「見る」をぎりぎりで超えていくような「見る」行為が触れられている点がヨハネ福音書のここの叙述の味わいである。
 もちろん、そこでも、「聞いて従う」という行為が印象深く記されていることも忘れてはならない。ヨハネの二人の弟子が「見よ、神の小羊だ」という洗礼者ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従ったというところである(1・37)。
 「見る」も「聞く」も人間の最も根幹的な感覚作用でありつつ、ここでは最も重要な信仰用語になっている。このアンデレの目が、そのことへの黙想もいざなってくれるようである。

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