『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)

 2015年4月5日  復活の主日 (白) 白

2015年4月5日
週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに…… (ヨハネ20・1より)


 イエスの復活を告げる天使(マルコ16・1−7参照)
   扉の木彫(部分)  ドイツ ケルン 
   カピトールの聖マリア教会 1065頃


 ケルンにある「カピトールの聖マリア教会」の南側の扉の木彫である。カピトールとは、古代ローマ市の七つの丘の一つを指すことばであり、同時にそこにあったユピテル(ジュピター)の神殿をも指す。ケルンが古代ローマ時代の軍事拠点であり、政治と祭祀の中心地であったことを記憶にとどめる語である。8世紀には、ここに有力貴族の私有教会を兼ねた女子修道院が建設されたが、9世紀末のノルマン人の侵攻のさなかに焼失。10世紀にケルン大司教により女子修道院が新たに建設され、さらに11世紀の大司教によってロマネスク様式の大聖堂が建てられ、1065年に献堂された。その扉に造られたのが表紙作品を含む木彫である。初期ロマネスク美術の木彫作品を代表するものとなっている。
 ここにはイエスの生涯の22場面が描かれている。左側には降誕をめぐる出来事が11場面、右側にはイエスが行った二つの奇跡(目の見えない人のいやしとラザロの復活)の場面のほかは、受難にまつわる場面を幾つか、そして復活・昇天・聖霊降臨を含めて同じく11場面が含まれる。復活の図にあたるのが表紙に掲げた「墓を訪ねた婦人たちへの天使の告知の場面」である。これが西方中世初期までは主の復活を描く代表的な画題であったことは周知であろう。
 「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに……」(ヨハネ20・1)と語られて、墓が空であったという驚きの中で主の復活が告げられ、そのことを悟っていくという叙述は四福音書に共通だが、墓を訪ねた女性たちの数やそこに現れた天使の数も違う。美術作品では、マタイ福音書(28章1-15節)に従う場合が多いようである。「マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座った」(マタイ28・1b−2)という内容である。墓のそばで、見張りに置かれていた(マタイ27・62−66参照)番兵たちが「恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった」(28・4)とある。表紙の木彫では、建物の屋根の上に見張りが配置されているのが妙だが、狭い空間に描き込むための工夫なのであろう。天使が腰掛けている棺も小さく描かれ、もう一人のマリアもマグダラのマリアの後ろにほとんど隠れ、顔だけで示されている。マグダラのマリアが右手で持っているものは、マルコ(16・ 1)、ルカ(24・1)を参照すると、香料を入れた器なのかと思うが、形状は献香用具にも見える。いずれにしても、イエスの遺体を整えるために来たマグダラのマリアに天使がその復活を告知する瞬間が構図の焦点となっていて、マリアの右手と天使の右手との対応で示されている。
 空の墓の前にいる女性たちへの復活の告知は、神の御子イエスの根本的な神秘を示すという意味では、マリアに対するイエス誕生の予告(ルカ1・26−38)と匹敵する。母マリアは最終的には「お言葉どおり、この身に成りますように」(ルカ1・38)という言葉で応えるが、復活の告知に対する女性たちの反応は、各福音書でさまざまに言及される。特に、マタイ福音書では「婦人たちは、恐れながらも大いに喜び……弟子たちに知らせるために走って行った」(マタイ28・8)とある。天使の告知の前に当惑や恐れを感じながらも、おのずと喜びに満たされていったというその描写には深いものがある。その「弟子たちに知らせるために走っていった」という行為は、母マリアの「お言葉どおり、この身に成りますように」に対応するものとさえいえる。復活の福音が彼女たちの走って知らせる姿に宿るのである。
 表紙作品のマグダラのマリアともう一人のマリアの相互に向きの違う顔、一方は天使に、一方は外に向かう顔、その方向の転換に、復活の告知を受けた人間の側の変化、すなわち自分自身が告げ知らせる者となっていくプロセスが示されているのではないだろうか。読み込みすぎかもしれないが、そのように鑑賞していくとき、復活の主日のミサから遣わされていく我々の現在にもつながるものとして黙想を広げられるのである。

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