『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)

 2016年6月5日  年間第11主日 C年 (緑) 緑

2016年6月5日
「あなたはまことに神の人です」(列王記上17・24)

天に上げられるエリヤ
  ロシア・イコン
  モスクワ トレチャコーフ美術館 16世紀
  
 
 きょうの第一朗読に登場する預言者エリヤにちなんで、列王記下2章1−18節に記される彼の昇天の出来事を描く図を表紙に掲げた。この昇天の箇所が主日に朗読されることはないので、きょうのエピソード(列王記上17・17−24)との関連で味わってみたい。
 きょうの朗読箇所では、エリヤはひたすら主である神により頼み、女主人の息子が生き返るよう祈る人として登場する。「主よ、わが神よ、この子の命を元に返してください」(17.21)というその祈りに対して、「主は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになった」(17・22)。息子が生き返ったのを見た女主人は、「今わたしは分かりました。あなたはまことの神の人です。あなたの口にある主の言葉は真実です」と告白する(17・24)。ここでのエリヤは、神に祈る人でありつつ、神の力を仲介する存在でもある。まさに「まことの神の人」。名自体が「(わが神)はヤハ(ウェ)」という信仰告白を意味しているエリヤは、旧約の預言者を代表する人物となり、エピソードがわずか数カ所にしか描かれていないのに(列王記上17・1〜19:21; 21・1−29および列王記下1・1−18)、彼の面影は歴史の中でますます大きくなる。イエスの時代にはエリヤの再来が救いの到来として待ち望まれるほどである(洗礼者ヨハネに関するエピソード=ヨハネ1・21、25などを参照)。イエスの変容のとき、モーセと並んでイエスの真実をあかしする存在として現れること(マタイ17・1−13並行)もとくに印象深い。エリヤはそのようにモーセと並んで、イエス・キリストを予め示す人物(予型)として極めて重要であることを意識したい。
 表紙のイコンは、下の部分で列王記上19章1−21節のエピソードを示している。エリヤが「えにしだの木の下で横になって眠ってしまった。御使いが彼に触れて言って。『起きて食べよ。』」(19・5)と言うところである。そこで恵まれた食べ物と飲み物によって力づけられ、エリヤは40日40夜歩き続けて神の山ホレブに着く(19・8)。このエピソードもイエスの試練の経験をほうふつとさせる。イコンの上の部分はエリヤの昇天を描く。その叙述は、エリヤの使命をエリシャに継承させるプロセスを述べるものである。その中でエリシャが「主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。わたしはあなたを離れません」と同じ言葉を3度繰り返す(2・2,4,6)。それは復活したイエスとペトロのやりとり(ヨハネ21・15−19)を想起させるほどである。エリヤが昇天したあと、「エリヤの霊がエリシャの上にとどまっている」と仲間たちが気づくようになる(列王記下2・15)。これらすべての内容が、イエスの復活、昇天、聖霊降臨の出来事の予告のようである。それほどにエリヤの存在がキリストが照らし出す歴史的背景の中で鮮やかに浮かび上がってくるのである。
 このイコンも、そしてエリヤの生涯を、イエスの生涯の予示(予型)として表現しているように思われる。構図自体がイエスの変容のイコンとも通じる。火を示す赤の円の印象は格別である。神の完全さ、聖霊の充満を感じさせて余りある。

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