『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)

 2017年4月2日  四旬節第5主日 A年 (紫) 紫

2017年4月2日
わたしを信じる者は、死んでも生きる  (ヨハネ11・25より)

ラザロの復活
  ギリシア・イコン
  アテネ ベナキ美術館  16世紀
   
 きょうの福音朗読箇所は「ラザロの復活」として知られる(長い形の場合は)ヨハネ11章1−45節である。四旬節主日A年の第5主日に読まれるのは、キリストの死と復活に結ばれる洗礼の秘跡に向けての導きとして読まれていた古来の習慣に基づいている。さて、この話、直接には人々がイエスを信じるに至った(45節参照)決定的な奇跡としてこれを述べるものだが、ほかにもさまざまな意味合いが含まれていて味わい深い。マルタ、マリアとの対話、弟子たちとの対話、マルタとのやりとり、イエス自らについてのあかし:「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」(11・25−26)。それに対するマルタの信仰告白、続くマリアの嘆願、それに応えるイエスの憤りと涙する姿、そして、いよいよ大声で、「ラザロ、出て来なさい」と叫び(43節)、「死んでいた人(=ラザロ)が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた」という復活の描写である(44節)。
 このイコンは、まさにイエスが叫ぶとラザロが出て来たという瞬間を描きとどめている。イエス自身は、しばしば見られるように、右手は神の力を及ぼす祝福のしぐさをし(ここでは特に言ったことを実現する神の力の顕現を表現している)、左手にはみことばの象徴である巻物が描かれている。
 ラザロは全身が布に包まれ、顔が見えるだけである。美術史上、ラザロが亜麻布か死者の包帯でくるまれている姿で登場するのは4世紀以降という。エジプトのミイラからヒントを得たものといわれる。たしかに、ヨハネ福音書では「手と足を布で巻かれたまま」(ヨハネ11・44 )といわれるだけだが、絵の中で全身がぐるぐる巻きにされているのはミイラのイメージが流れ込んでいるためかもしれない。わずかながら見える洞窟の中の闇とそこから出てきた、まさしく死の淵から地上の生へと再び戻ってきたラザロの姿は、イエスよりも目立つほどである。まさにそこに「神の栄光が見られる」(40節。イエスのことば)のである。
 しかし、彼の復活は、あくまで地上の命への復帰である。そのわざのなかにいのちの主である神の力が輝いているのであり、ラザロの復活と後のイエスの復活とは意味が違う。ヨハネの叙述の中にすでにある考えかもしれないが、イエスの復活の場合は墓そのものが無意味になり、遺体を包む布さえも捨て置かれるまま無意味なものになっている。地上の生をめぐる事物がすべて空しいものとされているのである。ここに、イエスの死と復活の出来事の超越性、深さ、神秘がある。イエスの復活は地上の生を超えることである。イコンの中のイエスの姿は、すでに復活の輝きをもっている主としてのイエスなのである。
 イエスの前にマリアとマルタ。前段の彼女たちとの対話の全体から見て、イエスの自己啓示のことばに対して「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」(27節)と発言するマルタの姿は、イエスのほうを見上げて身を起こしている奥のほうの女性だろう。マルタが家に戻って先生(イエス)が呼んでいることを伝えると、すぐに立って向かっていったマリアがイエスを見るなり足元にひれ伏したという強調があるところから、手前でひれ伏す女性がマリアと思われる。いずれにしても、ペトロとアンデレを彷彿とさせるように、イエスの弟子となっていく姉妹の姿が興味深い。彼女たちの嘆願や信仰告白がイエスの決定的な行動を引き出していく。
 イエスの後ろにいるのは弟子たちで、ラザロの墓に近いところにいる周囲にいた村の人々。ラザロにいちばん近い人が鼻と口を覆っているところは、「(死後)四日もたっていますから、もうにおいます」(39節。マルタのことば)に対応している。また、イエスの行動をいぶかしむ男の表情も見られる。墓が険しく切り立った岩山として描かれるのは、特に東方のイコンでの表現定型である。墓の石を取りのける人々(41節参照)の描写もある。ただし岩山の向こうにはなぜか町の描写もある。人間世界の象徴ともいえる。それが背景にあるということは、イエスとそのわざによってもたらされる永遠のいのちの空間は、こちら側に広がっているともいえる。こうして、このイコンは永遠のいのちへの招きの空間となっている。
 ほかにも、このエピソードには、たくさんの黙想の糸口がある。イエスが来ることの意味(終末の再臨の予示)、イエスがここにいてくださることの意味、イエスがマルタ、マリア、ラザロを愛していたと強調されることの意味、そして、イエスの涙の意味など……イコンをヒントに一つ一つを思い巡らしてみよう。

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