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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2016年2月21日  四旬節第2主日 C年 (紫)
「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」 (ルカ9・35より)


主の変容
  ノブゴロド派イコン
  モスクワ 個人蔵  16世紀初め

   

 共観福音書のどれもが記すイエスの変容の出来事を描くイコンである。変容の出来事はマタイ福音書が17章1-13 節、マルコ福音書が9章2−13節、ルカ福音書が9章28-36 節で物語る。いずれも直前にイエスが自らの死と復活を予告する箇所があることから、変容の出来事は、復活の栄光を予告する意味で考えられている。この出来事がどの年も四旬節第2主日に読まれる理由の一つである。今年読まれるルカ福音書では、雲の中からの声(御父である神の声)が「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」(9・35)と告げる。これは、そこにいる弟子たちへの呼びかけであると同時に、四旬節を過ごしている我々に対するメッセージでもある。
 モ−セとエリヤの登場は、福音書の叙述からは一つの不思議な出来事というようにも感じられるが、イコンの中に配置して、それぞれの人物のもつ意味を考えるとき、彼らがイエスとは誰かをあかしする存在であることが見えてくる。中央のイエスは、真っ白な服(ルカ9・29参照)、円形(完全性の象徴)と光の放射を思わせる模様を組み合わせたその光背によって、特別な方であることが際立たさされている。その左側にいるモーセ(向かって右に、律法の書をもっている姿で描かれている)は、旧約の律法を象徴し、向かって左側にいるエリヤは、預言者を代表している。彼らがイエスの最期について語り合うというところに、イエスの受難死と復活が旧約の律法と預言を完成させる意味をもつことが暗示されている。このイコンでは、そのことをもっと強調するように、モーセもエリヤがイエスの前で少し身をかがめ、仕える者としての姿で描かれている。旧約の歴史は、イエスにおいて、イエスにおける神の子の顕現、神からの御子の存在とその生涯(死と復活)によって凌駕され、完成されるというキリスト教的理解によるのだろう。
 ちなみに、モーセもエリヤも四旬節の40日という数の象徴に縁の深いことも考えるとさらに味わい深い。モーセは、雲の中から呼びかけられる主と会うために、山に登り、40日40夜山にいた(出エジプト記24・15−18参照)。エリヤは、40日40夜歩き続けて神の山ホレブに着き(列王記上19・8参照)。これらのことが、イエスが悪魔の誘惑を受けた40日間(ルカ4・2参照)の意義に包まれて、今の我々の40日間(四旬節)の意義を雄弁に告げている。神と会うための試練の日々であるという意味である。
 この試練にイエスの三人の弟子たちも出会わされている。枢要な弟子ペトロ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネであるが(ルカ福音書で最初に召命を受けた三人である。ルカ5・8−11参照)。この変容の場面での三人の弟子たちの描き方はイコンにより多様であるが、その中でイエスのほうを見上げている弟子はペトロである。それは、ルカによる変容の場面でも、「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです」(同9・33)とイエスに向かって言葉を発していることに対応する。他の二人(ヤコブとヨハネ)についてはイコンのみならず変容の出来事を描く絵の歴史を見ても多様であるが、このイコンのように、衝撃を受けて倒れ、しかも目を手で押さえて隠している様子は、イエスから放たれる光の神秘性あるいは聖性、それに対する恐れ、おののきの強調である。これは14世紀以降、ビザンティン、またロシアにおいて《神秘の光》に対する霊性が深められていったことを反映しているといわれる。
 イエスの変容の出来事は、このようなさまざまな意味合いを含み、我々の黙想を導く力に満ちている。単に不思議な出来事として括ってしまわないようにすることが重要だろう。ルカ福音書はさりげなく、この出来事の導入部で、「イエスは、……祈るために山に登られた。祈っておられるうちに」(ルカ9・28-29 )と述べている。ある意味で、変容は、祈りが引き寄せた出来事。あるいは祈りの中で展開された光景ともいえる。「これに聞け」(同9・35)という神の声によって覚醒した弟子たちは、この出来事の意味するもの(イエスの死と復活の前触れ、死と復活の意味するものの予告という意味合い)感知したかのようにまずは沈黙を守る(同参照)が。しかし、予告されたイエスの受難の真の意味を悟るようになるためには、弟子たちはまだ多くの試練を受けることになる。

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