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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2016年12月4日  待降節第2主日 A年 (紫)
エッサイの株からひとつの芽が萌えいで…… (イザヤ11・1より)


エッサイの樹
  ケルンで作られた朗読福音書
  ブリュッセル王立図書館 13世紀
   

 エッサイとはダビデの父である。そして「エッサイの樹」という画題は直接の出発点は、イエスがダビデの家系に生まれるとの天使のお告げ(ルカ1・27、69、マタイ1・20参照)や、黙示録の中でイエスが自分について「わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星である」(22・16)と語っているところにある。旧約時代には、この「イエスはダビデの子孫である」ということが救い主であることの属性として語られる伝統があったのである。
 この理解の旧約聖書における前提といえるところが、きょうの第1朗読で読まれるイザヤ11章1節−10節である。「エッサイの株から一つの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる」(1-2a節)……「その日が来れば、エッサイの根はすべての民の旗印として立てられ、国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く」(10節)。この預言は、新約の視点からは、もちろん、救い主キリストの到来を約束するものとして受けとめられる。パウロもこのイザヤ書11章1節と10節を念頭に置いて、「エッサイの根から芽が現れ、異邦人を治めるために立ち上がる。異邦人は彼に望みをかける」(ローマ15・12)と述べ、すべての人の救い主であるイエス・キリストを告げ知らせる。キリストを中心に、旧約の預言と使徒の宣教がぴたりと符合しているところである。
 こうしたキリスト理解を土台に、マタイ1章1−17節にあるアブラハムからイエスまでの系図、ルカ3章23−38節のイエスからアダム・神にまで遡る系図をも参考にしながら、系統樹のイメージをもって、イエス・キリストに至る救いの歴史を表現しようとしているのが「エッサイの樹」の絵である。特に12世紀以降、朗読福音書の挿絵として、またステンドグラスでも好んで描かれた。13世紀にはこの系統樹にマリアも加えられるようになるが、これには系図の末尾にマリアへの言及があるマタイ1章16節「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」が一つの根拠となった。
 表紙絵は、まさにその13世紀半ばにケルンのベネディクト会修道院で作られた朗読福音書挿絵であり、系統樹も簡略化され、本質的には、エッサイの上の中央軸にマリア、その上にイエスという風に描いているのみである。マリアの上には、それに仕える二人の女性、キリストの両側には、天使が描かれている。マリアもキリストも、樹木の枝(あるいは蔓)でできたアーモンド型の光背の前で同じくこの樹を玉座としているようである。この枝の中にこの救い主への系統を形作った人々も暗示されているのかもしれない。
 注目すべきは、キリストの頭上の半円弧型にできた小さな枝の枠に七羽の白い鳩が描かれていることである。これは、イザヤ11章2節の「その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊」という箇所に対応する。キリストとはヘブライ語でメシア=「油注がれた者」の直訳のギリシア語クリストースのことである。この語がイザヤら預言者の予告する、待ち望まれる救い主という意味になって、イエス理解に適用されていく。油注がれるとは、神の霊(主の霊、聖霊)が注がれるということであり、このような救い主の特性がイエスの洗礼のときに示されるのは周知のとおりである。
 ちなみに、このイザヤ11章2節の表現は、(畏れと敬うがそれぞれ一つと数えられて)聖霊の七つの賜物を語る箇所と受けとめられ、堅信式の祈りでも唱えられる。そうして、人は、洗礼と堅信を受けて、神の霊を受けた救い主イエス・キリストに結ばれることが示される。こうして見ると、エッサイの系統樹とは、キリスト者自身のルーツを物語る図ともいえる。
 さらに、この絵は縦の中心軸と、二人の侍女のような女性たちのいる横の軸で、十字架の形をなしていることに気づかされる。キリスト教の図像伝統で、「木」は人類の創造のとき、楽園の中央にあった「命の木と善悪の知識の木」(創世記2・9)とともに、十字架をいつも暗示する。人類の創造、預言者による救いの予告、それらを踏まえたイエス・キリストの生涯、特に十字架での死から復活、神の右への着座という歴史までもがここには暗示されるほど、樹の枝が意味するものは深い。救いの歴史を一枚に集約したこの絵をとおして、キリストの訪れがもつ、救いの歴史の奥深さに心を向けてみたい。

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