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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2024年2月11日 年間第6主日 B年 (緑)  
イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ…… (マルコ1・41より)

良い羊飼いと羊の群れ(左下 アダムとエバ)
ドゥラ・エウロポスの教会壁画
米国 エール大学アートギャラリー 3世紀

 きょうの福音朗読箇所は、マルコ福音書1章40-45節。いわゆる重い皮膚病を患っている人のいやしの場面である。原語のギリシア語で「レプラ」と書かれている本文の病は、現代の「ハンセン病」を含むが、それだけでなく似たような病状全体を含む言葉であったという。聖書では、律法によって、この病の人が「汚れた者」と考えられて、共同体から追放され、健常者に近づくことが許されなかったという点が、イエスによるいやしの意義を示す歴史的な前提となっており、そこが重要である。
 朗読聖書のラテン語規範版では、この律法が書かれているレビ記13章1-2、44-46節が第一朗読箇所となっているが、日本の教会では、病のことをより普遍的な現象として考えるために、出産の苦しみや労働の苦労の始まりに関する創世記3章16-19節が選ばれ、朗読されることとなっている。人類が陥った罪のゆえの労苦の始まりというところで、人類の神への背きという罪全体の歴史が始まったことを思い起こし、この罪の働きの一つとして病苦があるという展望の中で、イエスによるいやしを考えているのである。そうすると、イエスの登場とそのいやしの業は、単に病の治癒、そして隔離されている病人の共同体への復帰を意味する以上のことであることがわかる。それは、罪の支配からの全人類の解放の一環の出来事であることが証言されているのであり、まさしく「時は満ち、神の国は近づいた」(マルコ1・15)ことのしるしとなっている。
 そのように、律法の定めから解放という次元だけでなく、人類の救いの歴史全体の中で、この病のいやしを考えていく一助として、きょうの福音にちなむ絵はドゥラ・エウロポスの教会壁画を鑑賞することにした。ユーフラテス川沿いにあるドゥラ・エウロポスの遺跡とは、3世紀の複合的宗教施設のものである。ユダヤ教徒、キリスト教徒、そして東方由来の混淆宗教であるミトラ教徒などが、それぞれ使用する区画があったというユニークなもの。キリスト者用区画には、洗礼を授ける部屋があり、その洗礼のための部屋に洗礼水槽があった。
 その壁に描かれているのが表紙掲載の絵である。そこには、羊を肩に担いだ羊飼いの姿が描かれ、羊の群れも見える。肩に抱かれている羊は人間の象徴。ヨハネ10章で示される良い羊飼いとしてのキリスト像は、古代教会において、美術的に造形される最初のキリスト像表現の柱となっている。福音朗読箇所の中で、イエスは、いやしを求める人の切願に「深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ」(マルコ1・41)て清めた。その一連の行為とその心の動きを羊を肩に担ぐこの素朴な羊飼いの姿のうちに眺めることができよう。
 注目したいのは、この絵の左下。そこに描かれているのはアダムとエバである。創世記2章、3章で人の創造(2・6-7)として、また女の創造(2・21-25)として述べられ、蛇の誘惑に負けるくだり(3・1-7)がある。それに続いて、神との対話があり、女には出産の苦しみ、男には労働の苦労が定められる(3・16-17)という、きょうの第一朗読箇所が続く。このような“人類の創造と罪”という主題が一組の男と女の描写によって、この壁画を通して思い起こさせている。人類が罪を犯したことによって楽園から追放された歴史(創世記3・23)を踏まえて、救い主イエス・キリストが到来し人類を罪の支配から解き放ったことを羊飼いの姿に集約させているのである。そのキリストに結ばれるのがまさしくこの壁画の下の洗礼水槽での出来事、洗礼である。こうして、絵によるビジュアルなカテケーシス(信仰教育)がなされている。
 きょうの福音朗読箇所で、重い皮膚病の人はイエスによっていやされたが、単に病気の治癒を喜んだだけでなく、「彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた」(マルコ1・45)。いわばイエスによる救いのわざの証人、その意味で神の国の福音の宣教者になっていった。これは重い病気がいやされたという奇跡にとどまらず、イエスの弟子である福音宣教者の誕生、その広い意味での召命の出来事でもあるのだろう。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(B年)●典礼暦に沿って』年間第6主日

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