本文へスキップ
 
WWW を検索 本サイト内 の検索

聖書と典礼

表紙絵解説表紙絵解説一覧へ

『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2024年2月14日 灰の水曜日 (紫)  
隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい (マタイ6・6より)

祈る人  
地下墓室壁画  
ローマ サン・ジョヴァンニ・エ・パウロ大聖堂 4世紀半ば

 祈る人(オランス)は、古代ローマのカタコンベ(地下墓所)や石棺彫刻にしばしば登場する代表的な画題である。キリスト教以前にその前身形態があり、それがキリスト教的な意味をもって描かれるようになった。その意味合いについてはさまざまな解釈があるが、墓所、石棺との関連で描かれているところから、復活の希望をもって亡くなった信者のイメージ、あるいは楽園に生きる恵みを受けているキリスト者一般、すなわち教会のイメージ、あるいは、天上の教会にいる聖徒の礼拝と祈りを表すなど、さまざまな解釈がある。いずれにしても、神への信頼を込めて、究極の救いを願って生きる信仰者の心を表現するものとして広く受け止めてよいだろう。このように祈りをテーマとしている画題であるところから、灰の水曜日の福音朗読箇所、マタイ福音書6章1-6、16-18節の中の印象的なことば「隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい」(6節)を受け止めるために、表紙絵が掲げられている。
 「灰の水曜日」の福音は、全編、イエスの教えのことばである。その上で、「隠れたことを見ておられる父」(4節、6節、18節)、「隠れたところにおられるあなたの父」(6節、18節)に心を向けるように、というところに教えの重点がある。施しや祈りや断食は人に見せるためにするものではない。「人からほめられようと」(2節)するのでもなく、「人に見てもらおうと」(5節、16節)するのでもなく、隠れたところにおられる御父が人の隠れた行いを見ていてくれているのである。この事実をイエスは語る。そうして、世間体、評判、見栄といった人間世界における思惑に心を縛られるのではなく、透徹した目で自分自身も世間・世界も見つめ、ただ、神のみ旨にのみ心を向け、神である御父との関係を根本にして生きていくように、と呼びかけているのである。
 このイエスのメッセージは普遍的である。ファリサイ派や律法学者に対する批判の話のように読んでしまうと、そこで語られる「偽善者」ということばが自分たちにも向けられていることを見過ごしてしまうことになる。『聖書と典礼』本編の脚注に「偽善者」の「原語は『俳優』の意味があり、表の態度と心の中とが違うことを指す意味合いがある」と指摘されている。これについてはマタイ15章7-8節と22章18節が参照箇所とされている。マタイ15章7-8節は「偽善者たちよ、イザヤは、あなたたちのことを見事に預言したものだ。『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間の戒めを教えとして教え、むなしくわたしをあがめている。』」、22章18節-19節を見ると「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか、税金に納めるお金を見せなさい」である。それぞれのコンテクストも含めて参照するとマタイ6章の教えの鋭さ、深さがいっそう感じられてくる。それは今の世を生きるキリスト者一人ひとりに向かっているのであり、究極的には万人に向けられていると考えなくてはならない。
 とはいえ、「隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい」は、戒めというだけでなく、やはりなによりも福音である。「あなたがたの父」は「あなたの父」であり、一人ひとりを隠れたところから見ておられる、見てくださっている方である。その心と口の一致した態度、思いを神に向けている人は、すでに大きな祝福のうちにある――。そのことは、偽善者たちについて、「彼らは既に報いを受けている」(マタイ6・2、5、16)と何度も繰り返されていることからわかる。裏返せば、真摯に神に祈る人、その心と口とが一致している人にとっては、すでに神の祝福が注がれているということであろう。これは、まさに、「心の貧しい人々は、幸いである」(マタイ5・3)に始まる山上の説教の「幸い」についての教えの展開である。忘れていけないことは、きょうの福音朗読箇所で略されている箇所(マタイ6・7-15)は、「主の祈り」と祈り方を教えている部分である。マタイ福音書に出ている「主の祈り」は、以来、教会が「主の祈り」として受け継ぎ、今も我々の信仰生活の柱となっている祈りにほかならない。
 きょうの福音朗読箇所は、まさしく主の祈りの心を教えているものともいえる。この祈りを深めることとして、施しや断食が求められている。四旬節の祈りと生活と実践の根本をなすことが示される福音である。
 表紙絵に描かれる「祈る人」は、父への祈りをもとに、既に人々へと心を開いているようである。神へ向かう心は、おのずと隣人へと広がっていくのだろう。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(B年)●典礼暦に沿って』灰の水曜日

このページを印刷する

バナースペース

オリエンス宗教研究所

〒156-0043
東京都世田谷区松原2-28-5

Tel 03-3322-7601
Fax 03-3325-5322
MAIL