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コラム

コラム一覧へ 「ハンセン病」と「ハンセン病問題」

浜﨑眞実(鹿児島教区司祭)
 ハンセン病者は紀元前の昔から世界中で差別され社会的排除を受けてきました。日本では、「可哀想なお年寄りたちが裁判で勝ち、お金をもらえてよかった」「この国では新たな発症者はほとんど出ないからもう終わった問題で、今は患者の多い外国に目を向けるべき」との認識が広がっているようです。それは本当でしょうか。
 ハンセン病とは、らい菌によって末梢神経の麻痺などを引き起こす感染症です。それに対してハンセン病問題は、疾病そのものを扱うのでなく、「病気そのものとは別のもう一つの苦しみ」を問題とします。したがって、国が作り出したハンセン病病歴者とその家族への被害を、未だに私たちの社会は回復することができていないことを指します(「ハンセン病問題基本法」参照)。
 ハンセン病問題は「疾病」の問題ではなく、「病」の問題です。現代の私たちには、疾病と病を区別して聖書を読むことは大切で、時代の要請でもあります。当事者運動などによって「障害の社会モデル」が提唱され、「障害者差別解消法」も施行されているからです。
 レプラ(ギリシャ語)やツァラアト(ヘブライ語)は疾病ではなく、病です。福音書で物語られているイエスの活動は、罪人(つみびと)(社会的に差別されている人)との共食と病の癒しです。疾病とは病理学的な機能不全で、科学的で客観的基準に基づくはずですが、そうでもありません。病とは、病理学的基準とは別に社会の秩序や規範から外れていると見なされた状態で、それゆえ人々に差別されています。イエスは異能による疾病治療の実行者と受け取られがちですが、実際は病のゆえに差別され共同体から排除された人と関わり、その人たちをもとのいのちのつながりの中で活かす働きをしたのです。
 抑圧と差別のない社会を目指したイエスの生き方にどのように応えるのかが問われます。ハンセン病と共に生きてきた人たちを救済の客体や憐れみの対象とするのでなく、解放の主体として共に生きていく場をつくることがイエスの行動の延長線にあることでしょう。
(『聖書と典礼』2021年2月14日より)

『聖書と典礼』年間第6主日 B年(2021年2月14日)号表紙絵解説

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