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コラム

コラム一覧へ すべての信者は宣教者―「世界宣教の日」に向けて

(漆原比呂志〈うるしばらひろし〉 一般社団法人JLMM事務局長)
 JLMM(旧称:日本カトリック信徒宣教者会)は、特に経済的に貧しくされている国や地域で、現地の人々と喜びも悲しみも分かち合い、「ともに生きる」ことを目的として活動しています。
 これまでの四十年間で、アジア、アフリカ、太平洋の十六ヶ国に八十八名の信徒宣教者を派遣してきました。現在は六名が派遣前研修を受けています。
 さて、一週間後は「世界宣教の日」(十月の最後から二番目の日曜日)です。英語では「World Mission Day」と表現されています。日本語で「宣教」と翻訳されている「ミッション」ですが、元来のラテン語「ミッシオ」は「派遣」や「使命」を意味しています。この、神がイエスをキリストとしてこの世に派遣し、イエスによる使命を帯びて私たちが派遣されているという、ミッションの本来の意味に立ち帰りたいと思います。
 では、私たちはどこに派遣されているのでしょうか。社会のただ中で「ともに生きる」ために派遣されているのではないでしょうか。さまざまな状況に置かれている人々のうちに、そしてその関わりの中に、神の働きを見出すことが出発点かもしれません。今年の「世界宣教の日」教皇メッセージのテーマ「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」(使徒言行録4・20)の通り、その体験からは自然に、神の存在が言葉と行いとしてあふれ出てくるでしょう。
 M・シーゲル神父(神言会)が、一九八二年にJLMMを設立した当初に残している言葉があります。「先進国の人が頭を下げて、今まで『遅れている』と見下していた民族のところに行き、『教えてください』と言わなければならない時が来た」。これこそ今の時代の宣教の態度だと思います。相手から学び、ともに生きることの中に、神の働きを体験すること。
 これが「宣教」の本質ならば、洗礼を受けたすべての信者は、宣教の担い手である宣教者として招かれていると言えるでしょう。出かけていき、人との関わりの中に神の働きを体験し、その喜びを伝えるというミッションに。 
(『聖書と典礼』2021年10月17日より)

『聖書と典礼』年間第26日(2021年10月17日)号表紙絵解説

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