聖年の最中、またキリストのご復活の翌日に帰天された教皇フランシスコは、真の希望の巡礼者でした。宗教対立の危機、不寛容と世俗的な懐疑主義の時代に、教皇フランシスコの教皇職全体は、信仰と現代人の希望をつなぐ霊的な証しとなりました。フランシスコは宗教を超えて「人々がつながれるように、かけ橋を架けようとした教皇」でした。笑顔と抱擁で、病気の人、貧しい人や難民と移民、さまざまな危機(戦争、虐待、暴力、災害)の被害者などに深い共感を示しました。 さらに、フランシスコは、苦しむ人々、忘れられた人々の中に神の顔を見いだした教皇であったという印象を残しました。例として、私の母国であるコンゴ民主共和国へのご訪問の際、アフリカを圧迫する世界の権力者や経済的植民地主義者に対して訴えたお声が今もなお心に響いています。彼らに対して、過去に犯した「壊滅的な」不正を認め、天然資源の継続的な略奪を終わらせるよう、次のように強く訴えられました。 「コンゴ民主共和国から手を離しなさい! アフリカから手を離しなさい! アフリカを窒息させるのはやめなさい――鉱脈を剥ぎ取るべきではありません。土地を略奪するべきでもありません。アフリカが自らの運命を決める主役でありますように!」 この力強いメッセージについては、オリエンス宗教研究所が刊行する英文機関誌 “The Japan Mission Journal” (2023年、77号) に記事を書きました。 教皇フランシスコは、2013年の回勅『信仰の光』、2015年の回勅『ラウダート・シ』、2020年の回勅『兄弟の皆さん』に次ぐ、2024年の4つ目の回勅『ディレクシット・ノス』を「イエスの聖心」に捧げました。最後の回勅を通して、教皇は、現代世界には心が欠けており、現代人は「心」を失う危険にさらされているという痛切な指摘をしています。 それを読みながら、私は忘れ去られているコンゴ民主共和国の不正な戦争で発生した、ほぼ600万人の被害者たちのことを思い出しています。というのは、ヒューマニズムの危機の中にいる多くの現代人 (特に世界の権力者や経済的植民地主義者) は、経済思想や政治における「思いやり」や「正義」を無視し、また、貧しい人々の苦しみと悲惨な状況を目にしながらも、犠牲となった人々に共感する心を持っていないように見えるからです。私たちは今後も教皇フランシスコの世界観についての理解をさらに深め、この世界の構造を見つめ直すべきではないでしょうか。 教皇フランシスコが進めてきた教会のシノダリティは今日も明日も続いていきます。彼が遺した私たちへの数多くの贈り物を大切に継承しながら、イエス・キリストの福音を生きるために共に歩んでまいりましょう。 |