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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年2月18日  四旬節第1主日 B年 (紫)
わたしは雲の中にわたしの虹を置く(創世記9・13より)

箱舟を降りるノアたち 
モザイク   
ヴェネツィア サン・マルコ大聖堂 13世紀

 サン・マルコ大聖堂は、創世記を題材にした壮大なモザイクで知られる。天蓋モザイクには、天地創造が、壁画にはノアの洪水の物語(創世記6−8章)の幾つかの場面にクローズアップしたモザイクがあり、表紙はその一つで、洪水が終わったのち、「さあ、あなたもあなたの妻も、息子も嫁も、皆一緒に箱舟から出なさい……」(創世記8・16以下)と神が仰せになって、ノアがそのとおりにし、「獣、這うもの、鳥、地に群がるもの、それぞれすべて箱舟から出た」(8・19)というあたりを描写するものである。その上で、9章から神のノアとその息子たちへの祝福が述べられ、きょうの第1朗読箇所、ノアの祝福と契約に関するくだり(創世記9・8−15)へと続く。
 ノアは、神の救いの計画の中で全人類を救おうとする神の意志と約束(契約)を受ける存在である。その後の神の民イスラエルの祖、またそれだけでなく新約の神の民、ひいては、救われるべき全人類を予告させる存在でもある。ノアの顔のうちに、やがて新しい契約の仲介者となったイエスの姿を見ることができ、また、キリストを通して呼び集められた新約の神の民、現代という時代を生きる神の民の姿を思うこともできる。そして、神にいつまでも導かれていく未来の人類の姿を希望とともに思い浮かべることもできよう。
 この「契約」ということが、聖書の信仰の核心にあることはいうまでもない。ただし、日本人の宗教観や宗教心にとって、なじみにくいといわれることもある。ノアへの契約、アブラハムへの契約、そしてモーセをとおしてイスラエルの民に結ばれたシナイ契約、ダビデへの契約と、契約と呼ばれる神と人類、神と民の歴史の発展の上にイエス・キリストの生涯、死と復活がある。聖書の歴史は「救いの歴史」「救済史」と呼ばれるが、それは言い換えれば「神と人の契約の歴史」「契約史」というほうが特徴をよく表せると説かれることもあるほどである。契約が社会的な取引に関する法的用語であることから、どうもなじみにくいというところから、「契(ちぎ)り」のことだというふうに、より人間関係的に説明しようとする方法もあるが、単に、個人的人格関係、あるいは心情的関係のように考えさせてしまうなら、それも不十分だろう。第一朗読で話題になっているのがノアとその家族、その子孫への「契約」であるように、個人がその一員として属する共同体という観点が「契約」には欠かせない。救いということが個人の魂だけに関するものとして意識されると、キリスト教でいう「救い」は見えてこないのだろう。それほどに、ノアをめぐるエピソードの展望は広大である。
 きょうの福音朗読箇所(マルコ1・12−15)は、イエスが誘惑を受けられた話と、福音宣教の第1声のくだりである。マルコ福音書は、ごく短く淡々と述べるだけであるが、ノアの洪水と契約の歴史と重ね合わせてみると、その意味合いがどれほど大きく深いものであるか気づかされよう。そして現代の地球世界において人類の中で起こっているさまざまな出来事を思い浮かべながら読むとき、「サタン」の意味するもの、「神の国」の意味するものの重みを感じざるを得ない。ノアへの祝福と契約は、まぎれもなく、イエスの神の国の福音を予告するものである。
 さて、四旬節の主日ミサの聖書朗読は、第1朗読は、旧約聖書が伝える「契約史」がいわばダイジェストで展開される。B年では、第1主日がノアへの契約、第2主日がアブラハムの献げ物、第3主日がモーセを通して与えられた律法、特に十戒、第4主日がエルサレム神殿の破壊とバビロン捕囚の出来事とペルシア王キュロスによる解放の布告、第5主日が新しい契約を約束するエレミヤの預言である。福音朗読と使徒書は共にキリストの過越の神秘に迫っていく形で主題的に選択されているが、根本は、いつもキリストの過越の神秘であるというところからは、第1(旧約)、第2(使徒書)、福音朗読は深く連動していることも確かである。その意味で、きょうの使徒書(一ペトロ3・18−22)は、ノアの洪水を洗礼の予型として見る解釈を示していることによって、旧約と福音の橋渡しになっている。このような配分を味わうだけでも、おのずと黙想になっていく。『聖書と典礼』の表紙絵とこの解説を、そのような主日の黙想の友として役立てていただけると幸いである。

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