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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年3月11日  四旬節第4主日 B年 (紫)
モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない(ヨハネ3・14より)

モーセと青銅の蛇   
挿絵 『アンリ2世の祈祷書』
パリ国立図書館 16世紀

 「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない」(ヨハネ3・14)−−きょうの福音朗読箇所(ヨハネ3・14−21)の冒頭の一節である。このことばの背景には、民数記21章4−9節で物語られる出来事が背景となっている。表紙絵はまさにそこを描写するものである。
 その出来事とは、モーセに率いられて荒れ野を旅する民が「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか」(5節)と神とモーセに逆らうようなことを言ったことに対して、主が炎の蛇を送り、蛇は民をかみ、多くの死者が出た。すると民は悔い改め、モーセが民のために主に祈ると、主から「炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれたものがそれを見上げれば、命を得る」(8節)と言われた。そこでモーセは青銅で蛇を造り、そのとおりにした。かまれた人がそれを仰ぐと、命を得たというものである。
 この出来事を思い起こさせながら、イエスは、十字架に上げられることになる「人の子」(イエス自身)を信じることによって永遠の命が得られることを約束する。いわば、旗竿に掲げられる青銅の蛇がイエス自身を前もって示すしるし(予型)とされていることになる。
 表紙絵は、青銅の蛇の出来事を描写しようとしているものである。手前には、神とモーセに逆らった民の倒れ込む様子、掲げられた蛇を仰ぐことによって救われることになる人々の回心や、願いを感じさせる人々の描写がある。青銅の蛇を仰ぐようにと指さしているモーセにも注目すると、その頭には二本の角が描かれている。これは、西方のキリスト教美術でたびたび出会う独特な要素である。それは、聖書翻訳史上の有名な誤解に基づいているという。すなわち、出エジプト記34章28−30節で、40日40夜、山上にいたモーセが下山して来たとき「彼の顔の肌は光を放っていた」と記されている箇所の翻訳の問題である。ここで「光」と訳されたヘブライ語ケレンには「角」という意味もあったため、教父ヒエロニムスのラテン語訳聖書(=ウルガタ訳)ははっきりと「角」を意味するラテン語を使ってここを訳していた。それ以来、中世の聖書写本画や聖堂壁画でモーセを描くときには、彼固有の特徴として頭に角を描くことが通例となった。それは、モーセの使命の独自性を際立たせる象徴となったようである。
 ところで、この絵の上の部分には、雲の中にたくさんの蛇が描かれている。これは、おそらく不平不満を述べた民に送られた炎の蛇を示すものなのだろう。ただし、下界に向かってではなく、天に向かって帰っていくように描かれている。人々を救う蛇があることにより、神の罰は去り、人々は救われようとしているという光景を描こうとしているのだろう。その中央に天と地をつなぐように立つ木は旗竿どころではなく、しっかりとした、しかもT字型の木で、そこに掲げられる蛇も青銅でできた蛇の像というよりも生きた蛇のようである。ここには、民数記の描写を超えて、イエスの十字架に近いT字型の木とより生きているような蛇ということで、十字架のイエスを暗示する意味合いを強めているのかもしれない。
 さて、きょうの第1朗読は歴代誌下36章14−16、19−23節で、ユダ王国の滅亡(神殿破壊、エルサレムの破壊)とバビロン捕囚の出来事、そしてペルシア王キュロスによる解放のあらましが読まれる。イスラエルの民の国の滅亡と再建という壮大な歴史的出来事も、イエスの死と復活による人類の救い・再生の一つの予型である。したがって、きょうの福音を味わうために、民数記21章の青銅の蛇、そして歴代誌下36章のこの箇所が提供されていることになる。旧約の民の歩みに働いた神の恵みは、今、イエス・キリストをとおしてすべての人にもたらされている。そのうえで、福音の「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3・16)、第2朗読箇所(エフェソ2・4−10)の「憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、……キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました」(エフェソ2・4−6)を聞くとき、おのずと深い黙想に招かれていく。『聖書と典礼』の表紙絵と聖書朗読箇所を何度も見返しながら、味わっていただければと思う。

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