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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年4月22日  復活節第4主日 B年 (白)
良い羊飼いは羊のために命を捨てる(ヨハネ10・11より)

良い羊飼い    
フレスコ画  
ドミティッラのカタコンベ 4世紀

 「良い羊飼い」は、美術的に表現された最初のキリストのイメージの一つである。カタコンベ(地下墓所)の壁画や石棺彫刻でよく見られるとおりである。この場合、羊飼いにはキリストを示す特別な印はなく、普通の羊飼いの姿の描写のようでもある。しかし、キリスト者にとって魂の憩いを祈るべき地下墓所であるカタコンベや遺体が納められる石棺にその姿が描かれる場合、それは、確かに救い主キリストの表象であった。特に、羊を肩に担ぐ羊飼いを描く場合には、死者の魂を天に運び、来世への旅路に待ち受ける悪霊の力に打ち勝つことを救い主に託す祈りが込められていた。特に、このドミティッラのカタコンベの羊飼いは、一匹の小羊を肩に担ぐ羊飼いの左右に羊の群れが寄ってきており、草木が生い茂る様子が印象的である。明らかにここにはすでに楽園がある。信者の魂がキリストによって楽園に連れ戻されている光景と見ることができる。
 さて、ヨハネ10章の中でA年に朗読される最初の部分(1 〜10節)では羊たちの入る「門」がテーマとなっていたのに対して、きょうのB年の福音朗読箇所は、イエスが直接自分のことを「良い羊飼い」と語りだすところになっている(11節、14節)。自分の命を「捨てる」(原語は「置く」)という語の繰り返しが強く印象づけられるが(11節、15節、17節、18節)、それとともにそれが、羊たち、とくに囲いに入ってこない羊たちも含めて、「導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一つの羊飼いに導かれ、一つの群れになる」(16節)という箇所に注目する必要がある。イエスが自らの命をそのためにささげる目的は、すべての羊を導き、一つの群れとするところにあるという使命の自覚が示されているからである。
 この背景には、多くの箇所で神と神の民との関係が、羊飼い(牧者)と羊の群れの関係に譬える旧約聖書の伝統がある。詩編で神をたたえるときに、「主はわれらの牧者」と歌われる詩編23・1(新共同訳「主は羊飼い」)をはじめ、「主はわたしたちの神、わたしたちは主の民、主に養われる群れ、御手の内にある羊」(詩編95・7)、「神は御自分の民を羊のように導き出し、荒れ野で家畜の群れのように導かれた」(詩編78・52)。このように思い起こして神に信頼する民は、主に「イスラエルを養う方、ヨセフを羊の群れのように導かれる方よ」(詩編80・2)と呼びかけ、「わたしたちはあなたの民、あなたに養われる羊の群れ」(詩編79・13)と自らを語る。直接「羊飼い」という語を使わなくても、そのイメージが念頭に置かれて神を賛美している場合がとても多い。
 ところで、主である神は自らが遣わした僕(しもべ)を通しても群れを導く。「あなたはモーセとアロンの手をとおして羊の群れのように御自分の民を導かれました」(詩編77・21)。主は「僕ダビデを選び……御自分の民ヤコブを、御自分の嗣業(しぎょう)イスラエルを養う者とされた」(詩編78・70−71)。しかし、その後の王たちが牧者の使命に忠実でなくなると預言者を通して神は叱責する。「災いだ、わたしの牧場の羊の群れを滅ぼし散らす牧者たちは」(エレミヤ23・1)。そして、主は「このわたしが、群れの残った羊を……集め、もとの牧場に帰らせる」と、自ら羊飼いの役割を担うと語るとともに「彼らを牧する牧者をわたしは立てる」(同23・3−4)と将来における良い牧者の出現をも予告する(エゼキエル34章も参照)。このあたりの預言がヨハネ10章の内容の前提となっていて、「良い羊飼い」であるイエスが”命を置く”ことによって、「羊は一つの羊飼いに導かれ、一つの群れになる」(16節)というように神の民の回復が目指されていることがわかる。
 ただ、「囲いに入っていないほかの羊」(16節)への言及が、狭い意味、つまりイスラエルの民の回復だけではない広がりを暗示する。その範囲は全人類、あらゆる人、一人ひとりに及ぶことが暗示されるのである。楽園の光景を強く表現する 表紙のカタコンベ壁画は、創世記3章で語られる人祖の罪と楽園追放の出来事を深く想起させ、キリストによる贖(あがな)いのもつ意味を考えさせる。カタコンベの絵としては、それが描かれる動機として「死後の魂の平安」への願いがあったかもしれないが、それだけではない、普遍的な全人類の救い主としての、キリストへの信仰宣言が込められているということも、当然の意味合いとして心に留める必要がある。

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