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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年5月13日  主の昇天 B年 (白)
イエスは彼らが見ているうちに天に上げられた (使徒言行録1・9より)

主の昇天   
金文字聖書写本挿絵  
マドリード エスコリアル図書館 11世紀

 主の昇天の図は多様である。イエスがすでに天空の栄光の光背に包まれて、真上に上昇していくように描くものがあるとすれば、イエスが山の頂上に向かって歩いて昇っていくように描くものもある。さらにその中には、天のほうから右手が伸びていて、父である神が引っ張っていくように描くものもある。この絵は、イエス自身が山の頂上から天を見上げ、昇っていこうとしている瞬間を描きとどめるものである。
 画面の右上と左上にラテン語の文字が掛かれているが、左端から右端まで通して読む形となっており、この3行で、「イエスは天に上げられ、父の右の座に着かれた」と記されている。これはまさしく今年B年の主の昇天の福音朗読箇所(マルコ16・15−20)の中の19節に含まれる文言である。
 絵の描き方ときょうの聖書朗読箇所との対応を探ろう。まず、第1朗読の使徒言行録1章9節「こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが」といったあたりをもとにしていると思われる。その10節「イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると白い服を着た二人の人がそばに立って」というあたりが二者の天使像のもとになっていよう。彼らが向かっている人々の様子を見ると、イエスに向かって右側には、マリアを先頭にして6人、左側にはペトロを先頭にして6人いる。マリアを除いてすべてが使徒だとするとペトロ以下13人いることになるが、これは人数の左右対称を優先にした描写なのだろう。使徒言行録1章13−14節に言及されるこのときの共同体の様子を踏まえつつ、教会全体の象徴図としていると考えられる。天使が両側の人々に向かって語っている内容については、使徒言行録1章11節を想定してよい。究極的には、イエスの再臨の約束である。
 イエス自身の姿が描かれず、上を見上げているマリアや使徒たちを描くものがある中では、この挿絵のイエスは、はっきりとした主の尊厳を伴いながら描かれているところが特色である。使徒言行録では、使徒たちに言葉を残していくイエスの姿が印象づけられるが、ここでは、イエス自身も天を見上げているというところが興味深い。実際、使徒言行録やマタイ、マルコ、ルカそれぞれの言及をもとにして、天に上げられるときのイエスの心情を想像してみるのも一つの黙想のテーマになるかもしれない。
 昇天は「天」や「昇る」というイメージを用いて、イエスが神の次元に完全に入られること、いや戻られることを表す内容であるが、これほどに空間的な表象で装われているために、現代の我々にとっては、絵空事のように感じてしまいやすい。我々自身は、聖書のそのような表象にも慣れており、典礼の朗読や賛歌を通して、ある程度そうしたイメージになじんでいる。しかし、一般の人々にとっては、わかりにくい話であることも心に留めておかなくてはならない。「天」は、空とか上空という場所ではなく、あくまで神の場、神の次元を意味する。そこに「昇る」のは、神の次元が、人間の生きる世界よりも、質的に高いからである。そのような次元にイエスは、本来神の次元にある存在(すなわち神の子)として、その当然の場に戻っていくということが昇天には含まれている。この絵の中のイエスが、すでに主としての尊厳の表象をまとっているのは、天に上っていくことの当然性を物語るのと同時に、推移としては前後するが、神の右の座に自ら御父とともに生き、すべてを導く方となられることを予示しているともいえる。
 そのようにして、絵画をとおして、この主の昇天という出来事の意味をより深く考え、味わえるようになる。この絵がそのような味わいを刺激するもう一つの要素は配色の妙である。全体が青と緑の濃淡で色調的に統一されている。真上の神の栄光の放射を描く半円形のグラデュエーションが天という神の次元の奥行き、奥深さを感じさせる。その半円の外側の弧と、天使の翼の線の重なりも、形象的に美しい。人々の天を見上げる目、不安を超え期待と希望に包まれそうになる感覚も絶妙である。イエスの今にも天に向かって跳躍しそうな身体姿勢も躍動感にあふれている。やがて、そのあと、この空間は、聖霊降臨によって満たされることになる。左右から天を見上げている使徒たちは、地上の外側へと向きを変えて、地上のミッションへと向かっていくことになる。

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