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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年10月21日  年間第29主日 B年 (緑)
人の子は、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た
(福音朗読主題句 マルコ10・45より)

十字架のキリスト  
ミサ典礼書 挿絵 
スペイン トルトーサ司教座聖堂  12世紀

 「自分の命を献げるために来た」(マルコ10・45)−−イエスの口から語られる、「あがない」の意識が明確に告げられることばである。「あがない」という語は現代の我々にとっては難しい。「あがなう」という動詞を調べると、まず「贖う」という漢字がふさわしく、「代金を払って購入する」行為を意味する。それが奴隷を解放させるために支払う代金を意味するようになると、この箇所で「身代金」と訳されているような意味になる。そこからさらに意味は広がり、「奴隷」の状態が罪の支配への隷属という宗教的な意味にまで深められると、「贖罪」という熟語に使われるような「贖(あがな)い」の意味になる。これは自分の罪業や過ちによる加害を償うという「償い」にも意味は近づくが、「贖い」には罪の支配に苦しんでいる人をある対価をもって解放するという意味が強い。しかも、この対価がお金(身代金)を払うことではなく、自分の命を差し出すこと、ささげることになると、ようやくキリストによる「あがない」の意味になり、キリストが「あがない主」と呼ばれる意味が理解できるようになる。このような意味の広がりと深まりがあって告げられる「あがない」の意味なので、少し古風な用語とはいえ、教会では大切にしていると思われる。
 語義解説が長くなったが、キリストのあがないのわざ、すなわち多くの人を罪から解放するための自らの命の奉献は、まさしく十字架のキリストの姿に示される。そのことを、表紙絵とともに味わってみよう。
十字架磔刑図の定型要素として、イエスの両脇にはマリアと使徒ヨハネがおり、十字架の横木の上には、太陽と月が描かれている。人の子の来臨の時の光景にちなむ。マリアと使徒ヨハネは、ヨハネ19章26−27を踏まえ、太陽と月は、マルコ13章24節で告げられる、人の子が到来するときの光景の一つ「太陽は暗くなり、月は光を放たず」(マタイ24・29、ルカ23・45参照)を背景にしている。この絵では太陽も月もほとんど図案化している。
 イエスの姿だが、両手から血が流れているにもかかわらず、その表情は苦しみというより、明るさを感じさせる。下半身を包む布、頭の光輪、マリアとヨハネの上衣、そして枠組みの赤が印象的である。それは、すでに神の栄光に照らされていることを意味していよう。その中でマリアと使徒ヨハネの顔も、悲嘆というより、静かな喜びを感じさせるのである。
 十字架が緑であることも味わい深い。楽園にあった「命の木」が思い起こされ、聖金曜日の十字架賛歌の詞「けだかい十字架の木、すべてにまさるとうとい木、その葉、その花、その実り。いずこの森にも見られない」(典礼聖歌 336)とも響き合う。受難を通して復活がすでに描かれている。
 ミサ典礼書の挿絵として十字架磔刑図が描かれるという場合、それは奉献文の始まる前のところに置かれていた。奉献文の中で記念される、主の受難と復活の意味がここでは十分に考えられているといえる。
 さて、きょうの聖書朗読配分に注目すると、福音朗読と第1朗読が、自らをささげるというテーマでつながっている。第1朗読は、イエスの「多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」(マルコ10・45 )の背景にある、イザヤ書の預言。多くの人の身代わりとなる主の僕(しもべ)のことを謳う。この僕は「自らを償いの献げ物とした」(イザヤ53・10)、「多くの人が正しい者とされるために彼らの罪を自ら負った」(同11節)。我々にとっては、この僕(しもべ)の姿は、キリストの予告にほかならない。実際、使徒たち、福音記者たちは、この預言を踏まえてイエスの受難と十字架の意味を受けとめ、語り継いでいく。
 そのように主の僕であることは、すべての人に仕える者であるということが、きょうの聖書朗読全体を貫くテーマのもう一つの側面である。「すべての人の僕になりなさい」(マルコ10・44)の究極の姿はまさしく十字架のイエスにある。第2朗読のヘブライ書が記す「偉大な大祭司」(ヘブライ4・14)である。十字架での死のうちに、すでに復活と栄光の主が描かれているといってよい表紙絵のキリストの姿は、ミサにおいて、いつも現存し働かれる大祭司キリストの姿といってもよい。

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