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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2019年5月19日  復活節第5主日 C年 (白)
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい(ヨハネ13・34より)

最後の晩餐   
柱頭彫刻  
スペイン エスタニのサンタ・マリア修道院  12世紀

 復活節の朗読配分は、第4主日から、ヨハネ福音書によるイエスの教えが続いていく。第4主日はヨハネ10章から良い羊飼いの教えが、ABC各年とも読まれ、第5主日、第6主日は、ヨハネ13章ー15章からABC年のそれぞれに巧みに配分されている。C年のきょう復活節第5主日の朗読箇所は、ヨハネ13章31-33a、34-35節。最後の晩餐で弟子たちの足を洗った場面とその教え(13・1-20)、そして、ユダの裏切りの予告(13・21-30)のすぐあとに続く教えである。ユダが裏切ったことがはっきりしたことで受難がすでに始まっている。イエスはこのことを指して、「今や、人の子は栄光を受けた」 (13・31)と告げる。受難が始まったこのとき、新しい掟を授けるというのがきょうの内容である。短いなかでも、大変ドラマチックな展開といえる。
 さて、表紙に掲げたのは、スペイン中世の修道院回廊の柱頭彫刻である。最後の晩餐の場面であるので、きょうの箇所の直前、ユダの裏切りの予告(13・21-30)に対応する。きょうの箇所の舞台背景として味わってみたい。イエスの周りに左右それぞれ6人ずつが身を寄せ合っている。イエスの胸に寄りかかっているのが、ヨハネ福音書の叙述の中で「イエスの愛しておられた者」(13・23)と呼ばれる、使徒ヨハネである。この彫刻ではイエスの右手が欠けているが、すぐ右側にいる弟子が右手を差し出しているところから、これがユダであることがわかる。「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」(13・26)とイエスが裏切る人はだれかと指摘しようとしている場面に対応している。最後の晩餐を描く絵は、中世の写本画の場合でも、圧倒的にこのようにイエスを中心にして、愛する弟子(使徒ヨハネ)とユダとの対比を描くものが多い。イエスへの信仰と離反との対比を通して、信者たちに信仰への勧告と戒めを伝えていたのだろう。
 そのような意味で、イエスに対する決断が問われたあとに、新しい掟として愛の掟が授けられる。
「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13・34)。これが弟子であることのあかしとなるという意味である(13・35参照)。
 ヨハネ福音書でのこのような掟の文言は、さまざまな前後関係で繰り返される。ヨハネ15章12節でその同じ文言が出てきたあと、13節では「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と、愛することについて説き明かされる。「わたしがあなたがたを愛したように」の意味が、「自分の命を捨てること」として説き明かされていて、そのことが、弟子たちにも求められているということになる。
 この「愛」について、使徒ヨハネの手紙は、別の角度から説き明かしている。1ヨハネ書4章10-11節では、「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです」と、イエスの愛の背後に父である神の愛があることが明らかにされている。もとより、イエス自身が語っていることである。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」(ヨハネ15・9)。父である神-御子イエス-弟子(我々信者)の間での愛の交換が幾重にも、そして、双方向的に語られるのが、ヨハネ福音書とヨハネの手紙の愛の教えである。愛の神秘の教えといってもよいだろう。
 このような愛が今もいつも、特にミサの中で生き生きと交わされている。交わりの儀はこの愛で満たされ、聖体というかたちで、実際に我々の心と体を満たすものとなる。平和のあいさつの前の祈りで唱えられるイエスのことば「わたしは平和をあなたがたに残し、わたしの平和をあなたがたに与える」(ヨハネ14・27に基づく式文)は、ヨハネ13~15章で教えられている「愛」を「平和」という視点から語っているものといってもよい。ミサは、この彫刻が描く最後の晩餐の続きであり、愛の掟を受けとめ合う営みである。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

「仲間を大切にする」と言えば、「あ、それならわかる」って人も言うでしょう。私どもの第二のおきては、「仲間を大切にする」こと。「それは結構ですね」と、みんなわかってくれる。そして「第一のおきては何ですか」。第一のおきては、いつくしみとまことの大本を大切にする。「それが、キリスト教だったら、私もキリスト教になりたい」と、だれでも言いそうです。教えの根本は、ふたことで言えば、そのことです。いつくしみとまことのお方を大切にし、仲間を大切にすること。それ以上、研究することがあるでしょうか。もうないかもしれません。
(澤田和夫 著『生き生きとした実践的信仰を育てる〔改訂版〕』「一育てる 仲間を大切に」本文より)


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