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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2019年6月02日  主の昇天 C年 (白)
イエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる(使徒言行録1・11より)

キリストの昇天  
『ラブラ福音書』挿絵 
フィレンツェ ラウレンツィアーナ図書館 6世紀

 主の昇天を描く、古い聖書写本画を鑑賞しよう。『ラブラ福音書』とは、メソポタミア北部ベト・ザクバ修道院の修道士ラブラ(またはラブーラー)によって筆写された福音書写本(586 年頃)のことである。シリア系の挿絵入り福音書写本としては最古のものとされ、ヘレニズムとシリアのそれぞれの絵画伝統の融合を示すものという。
 画面は天空と地上の二つの部分から構成されている。地上では中央にマリア、その両側に天使、さらにその両側に使徒たちという構図。上の部分には、光背の中に描かれる栄光のキリスト、その足元には、獅子、牛、鷲、人の顔をもつ生き物と翼、これらは4福音記者の象徴である。そして空の左右両側から天使が冠を携えて近づいてくる。二つの上の角に描かれているのは、磔刑図に出てくる定型要素である太陽(向かって右)、月(向かって左)の象徴のようである。とすれば、かすかに十字架への暗示も含まれていることになる。
 さて、主の昇天の図の典拠となるのは、まずきょうの第1朗読箇所である使徒言行録の1章1-11節である。ここでは、復活したイエスが「四十日にわたって彼ら(=使徒たち)に現れ、神の国について話された」(使徒言行録1・3)とあり、食事のときの話のあと、「イエスは彼らが見ているうちに天に上げられた……」(使徒言行録1・9)となる。昇天のことは最後の50-53節であるがきょうの福音朗読箇所であるルカ福音書24章46-53節に含まれている。これと同じ形でルカが書いた使徒言行録1章につながるかたちになっている。
 ちなみに、主の昇天A年の福音朗読箇所マタイ28章16-20節では、山の上で使徒たちに派遣命令をするイエスの姿とことばを記すが、昇天の出来事はない。B年の福音朗読箇所マルコ16章15-20節は、後に加えられた結びの一部で「主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた」(19節)と簡潔に述べる。信条のような形式的記述である。ヨハネ福音書は20章、21章で復活したイエスの現れをさまざまに叙述するが昇天を語ることはない。こう見ると、昇天の出来事を明確に叙述しているのはルカの福音書と使徒言行録だけで、しかもこの両者は、イエスの生涯の証言と使徒たちの宣教の証言をつなぐ位置に置いている。この位置づけからだけでも、ルカにとって昇天は重要である。C年である今年はこのようなルカの歴史観、救済史観を考察するのにふさわしい。
 絵に戻ろう。マリアが中央にいるところでイエスが天に昇るという構成は、昇天の図の一つの伝統である。使徒言行録には、そのことがはっきりとは記されていないが、昇天のあとエルサレムに戻ってきた使徒たちの集いの中に「イエスの母マリア」がいたことが記されている(ルカ1・14)。このことが、昇天の場面にもマリアを記すきっかけとなり、やがて教会の母であり、その典型・模範とされる(第2バチカン公会議『教会憲章』53参照)マリアへの崇敬の高まりが、このような描き方のもとになっているのだろう。左右にいる天使たちと使徒たちの姿がかなり動的に描かれている。(向かって)右の天使は使徒たちを諭すような、(向かって)左の天使は昇天するキリストを示すような右手のしぐさである。「なぜ、天を見上げて立っているのか」(11節)という問いかけ、「イエスは……またおいでになる」(同)という確約のことばを生き生きと味わえよう。そして、(向かって)右側の使徒の先頭で十字架を持つ男はペトロ。左手に鍵を握っていることからもわかる。(向かって)左側の先頭にいる頭の禿げ上がった長い髭の男はその描き方からパウロである。左手に書物をもっているところに彼らしさが見える。パウロが昇天の場面にいたはずはないが、これは、新約聖書と教会の伝統から見てのパウロの位置づけを物語る。
 したがって、この昇天の図は、単に使徒言行録の1章の叙述内容を描くというよりも、新約聖書そして教会の伝統全体が証言する、キリストと教会の全体との関係を凝縮したものだということがわかる。広い意味での教会、すなわち天上も地上も含む教会共同体全体と、キリストとの関係が眺められるのである。それは、ミサ(感謝の祭儀)の中で、つねに具現される普遍的な教会共同体の典型図ともいえる。叙唱から奉献文に至る流れの中で、そのことが明らかにされていることをあらためて味わうことにしたい。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

イエスの昇天を述べる記事は、ルカ福音書と同じ著者が書いた使徒言行録1章ー11節にもある。両者の叙述の細部に食い違いがないわけではない。だが、同一の出来事に関する記述であり、ルカはそれを福音書の結びと使徒言行録の冒頭の双方に配置したと考えて間違いはない。つまり、イエスの宣教を述べる福音書と弟子たちの宣教を述べる使徒言行録とはイエスの昇天によって結び合わされる。イエスの時代から教会への橋渡し、それがイエスの昇天なのである。
(雨宮 慧 著 『主日の福音―C年』「主の昇天」本文より)


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