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2021年年頭言

神の翼のもとで平和を願って
            オリエンス宗教研究所所長 コンスタンチノ・コンニ・カランバ

 新年明けましておめでとうございます。
 昨年、思いがけなく世界を襲ってきた新型コロナウイルスが、私たちの日常の脆弱さを露呈させ、日々の当たり前だった生活を覆しました。一年たった今も厳しい状況が続いていますが、ウイルス感染拡大により、困難にさらされている人々、とりわけ病者、弱い立場にある兄弟姉妹に思いを寄せ、希望を持って新年を歩んでいきたいと思います。
 さて、年頭に当たり、コロナ危機から立ち直り、新しい生活スタイルで生き抜くために、私たちは、何をなすべきかを共に考えてみましょう。パンデミックで浮き彫りになり、世界各地が直面している数多くの課題、社会的分断やグローバリズムの行方、経済危機、宗教の礼拝儀式の在り方などに向き合う対策を講じていかなくてはなりません。
 新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、多くの方がそれまでの居場所や仕事などを失いました。先行きが見通せない状況の中で、危機に伴う恐怖、悩み、メンタルヘルス(心の健康)の上での不安定な状態が生じています。正直、共同体のごく自然な交流や、社会規範にも揺らぎがあるような気がします。
 今はひたすら詩編作者のように、救いはどこから来るのかと叫びたくなります。この状況から、私たちはどうしたら救い出されるのでしょうか。それは信仰者に神と困難についての問い、人間の苦悩に対する神の沈黙を考えさせます。しかし、神を信じるか信じないかにかかわらず、誰もが苦しみを経験するのですから、そこではっきりと言えるのは、信仰は困難を克服するための霊的な鎧(よろい)であり、危機の中での心の支えであるということです。
 神は必ず悲しみや心の重荷に押しつぶされそうな私たちの叫びに耳を傾けてくださいます。どんな事態の中でも、常に神が共にいて、神の翼のもとで守り支えられている(詩編63・8参照)と感じ、また苦しい時こそ平安と力を心にもたらしてくれるのが信仰でしょう。
 へとへとに疲れるコロナの時代だからこそ、神のいのちに心を寄せ、その愛と安らぎを求めていくことが生きる力となります。ある小教区では聖堂の閉鎖にまで追い込まれました。しかし本来は、このような自粛の疲れからの解放を願って、たとえば散歩の途中でも、神との出会いの場でもある聖堂に立ち寄り、心の平安を祈ることができるひと時が必要ではないでしょうか。教会共同体の私たちは希望を失わず、感染防止対策を施しつつ、顔と顔を合わせ、神に呼び集められる場での兄弟姉妹としての交わりが深められることを目指したいと思います。
 教会は一月一日を世界平和の日としています。この世界平和の実現に向けて、昨年十月に教皇フランシスコが『フラテッリ・トゥッティ』(仮邦題『兄弟の皆さん』)という回勅を発表しました。その中で、平和に結びつくものとして、「すべての人の参与、兄弟愛、赦し、和解への促進、死刑制度廃止、いのちの尊重」などを訴えています。神学的というより社会状況に関するもので、コロナ禍の中にある私たちが世界的な兄弟愛と友愛社会へ招かれているとしています。今なお、日本を含め世界の各地で、感染を疑われた人が差別的に見られ、場合によっては「出ていけ」というような冷酷な言葉を浴びせられて、辛い経験をしているとも報じられています。このような中、私たちキリスト者は率先して、社会的分裂・孤立感・差別・偏見などを乗り越えて、正義と平和に満ちたより良い世界を築いていかなくてはなりません。緊急事態宣言中に、介護に携わる人や医療従事者に対して、励ましと希望のしるしとして人々から称賛の拍手が沸き起こりましたが、今後は拍手以上に、平和と助け合いの輪を広げていく必要があります。
 教皇の指摘通り、今世界に蔓延しつつある「無関心のグローバル化」「切り捨ての文化」「壁の文化」「貧富の差」などは、人間に恐怖をもたらし孤独を生み、世界平和を脅かすものです。それらに断固として抵抗し、新しい出会いを通して、相互協力のもとで皆(共同体・一つの人類家族)が連帯して、他者への奉仕、和解の追求、キリストによる平和の価値を共に見出していくべき時だと思います。
 私たちが、希望を持って新しい日常生活に立ち向かい、兄弟姉妹愛の道を歩みながら、社会の平和と発展に貢献することができるよう努めてまいりましょう。
  

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