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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2019年8月11日  年間第19主日 C年 (緑)
信仰によって、アブラハムは、試練を受けたとき、イサクを献げました(ヘブライ11・17より)

アブラハムへの三天使の訪問とイサクの奉献   
ロレンツォ・ギベルティ作 洗礼堂扉の浮彫装飾
フィレンツェ サン・ジョヴァンニ洗礼堂 1425 - 1452年

 きょうの第2朗読箇所ヘブライ書11章1-2、8-19節(短い場合11・1-2、8-12)の中で11章11節、「信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました」、そして17節「信仰によって、アブラハムは、試練を受けたとき、イサクを献げました」とあることにちなんで掲げられたこの作品を通して、きょうの聖書朗読全体を味わってみたい。
 作者のロレンツォ・ギベルティ(生没年1378~1455)は、フィレンツェで活動した金銀細工師・彫刻家。フィレンツェの大聖堂にあるサン・ジョヴァンニ洗礼堂門扉を飾る浮彫彫刻の制作者選定コンクールに参加し、ブルネレスキらと競ったことで知られる。後年、同じく洗礼堂門扉に旧約聖書の10の場面の浮彫彫刻板を制作。この扉は通称「天国の扉」と呼ばれるようになる。表紙作品はそのうちの一枚でアブラハムに関する有名なエピソード2つを併せて描くものである。左下に描かれているのは、創世記18章1-15節で、マムレの樫の木のところで、3人の人(主の使い)がアブラハムのもとを訪れ、そのもてなしを受けたところ、アブラハムの妻サラに男の子(イサク)が生まれることが告げられる場面である(C年の年間第16主日の第1朗読箇所にあたる)。そして右側(下から上への流れ)において描かれているのは、創世記22章1-19節、「アブラハム、イサクをささげる」と新共同訳の表題がある箇所である(B年の四旬節第2主日の第1朗読箇所にあたる)。
 ヘブライ書の叙述は、「信仰によって」という句の繰り返しによって、族長たちの信仰を強調する。とりわけ、イサクの奉献に関しては、その「信仰によって」という部分が、創世記22章1-2節を通して鮮やかに示される。「これらのことの後で、神はアブラハムを試された。神が、『アブラハムよ』と呼びかけ、彼が、『はい』と答えると、神は命じられた。『あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい』」。この「はい」は、ただ名前を呼ばれての応答というだけでなく、このあと、すべて神の命じるとおりに事を行っていく、アブラハムの態度を象徴する「はい」でもある。創世記の叙述はアブラハムの苦悩などには一切触れない。そして、いよいよアブラハムが「手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした」(創世記22・10)、そのとき起こったことが、この作品の右上に描かれている。主の御使いが「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった」(12 節)と告げる。
 これほど、ある瞬間がクローズアップされる叙述は珍しく、その劇的な展開がキリスト教美術でも、この場面が多く描かれる理由となっている。それだけでなく、もちろん内容としても、それは、信仰の試練を経たアブラハムに与えられた恩恵が、後の神の民の歴史につながっていくこともポイントである。こうして、主の到来に向けて絶えず「あなたがたも用意していなさい」(福音朗読箇所中のことば=ルカ12・40)というメッセージにつながっていく。アブラハムに訪れた神からの試練、イスラエルの民がエジプト脱出のときに体験した神の恵みによる危機脱出体験は、われわれにとってこれから直面していかなくてはならない危機や試練の予型として示されている。ちなみに、ヘブライ書は、この信仰を神の都への待望としても表現している。「神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していた」(ヘブライ11・10)と。アブラハムに告げられた「わたしが示す地」(創世記12・1)がここで神の都と言及され、終末における聖なる都の出現、すなわち主の来臨、神の国の完成を暗示している。この意味で、きょうの三つの朗読を通して、壮大な救いの歴史、すなわち、聖書が示す、神と人類の関係の歴史が大きく展望されていることがわかる。「用意していなさい」といわれると、品行方正にしていなくてはならない、という道徳訓示のようにも受け取れるかもしれない。しかし、この用意とは、神によって造られ、再び神のもとに帰っていくべき神の民の歴史の中に、しっかりと自分を据えること、その覚悟を問うものである。まぎれもなく、ミサを通して、絶えずわれわれはそう方向づけられているはずである。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

20章 矢内原忠雄辞職事件
 満州事変をへて日中戦争に入ると、思想、信教に基づく言論、著作に対する取り締まりは一段と強化され、矢内原忠雄のケースはそのなかの代表的な事件であった。戦時下では戦争の遂行に至上価値が置かれ、少しでも反戦的、「平和論」的傾向のある文書は取り締まりの対象となる。矢内原の『民族と平和』の発売禁止から三日後の一二月四日、政池仁の『基督教平和論』(向山堂、一九三六)も発売禁止に遭っている。
鈴木範久 著『信教自由の事件史』「20章 矢内原忠雄辞職事件」本文より

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