本文へスキップ
 
WWW を検索 本サイト内 の検索

聖書と典礼

表紙絵解説表紙絵解説一覧へ

『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2023年5月28日 聖霊降臨の主日 A年 (赤)  
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると…… (使徒言行録2・1より)

聖霊降臨
手彩色銅版画
原田陽子(大阪教区)

 四旬節、復活節を経て教会は聖霊降臨祭を祝います。
日々、典礼で読まれる聖書に触れながら、イエスの受難、十字架の死、復活を通して、祈り、黙想しながら神様の救いの御業(みわざ)をみてきました。
 主の昇天後、弟子たちは約束された聖霊を待ち望みながら、エルサレムの町の一つの家に集まり心を合わせて熱心に祈っている姿が使徒言行録に描かれています。婦人たち、イエスの母マリアもおられます(1:14)。
 聖霊降臨祭は、教会の誕生を祝います。心を合わせて一つになって祈る姿は、教会の姿の基本ではないでしょうか。弟子たちは、過越祭から五十日目に当たる五旬祭に至るまで、主の過ぎ越し、復活の神秘について日に日に思いを巡らしていったことでしょう。
 使徒言行録2章では、五旬祭の日、激しい風が吹いてくるような音、炎の舌が分かれ分かれに現れ、一人一人にとどまり、皆、聖霊に満たされて霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出します。その様子を絵の上半分は表しています。雲は、神の現存を示し、7つの炎は聖霊の7つの賜物(上智、聡明、賢慮、勇気、知識、孝愛、主への畏敬)を示しています。炎の舌を与えられ、聖霊に満たされてみ言葉を宣べ伝える力を受けた弟子たちは、聖霊に導かれて外に向かって扉を開けて宣教に出発します。私たちも教会で典礼にあずかり、救いの神秘を祝い、心を一つにして祈り、聖霊に満たされてみ言葉に生きる力をいただいています。ですから、心の扉を開けて信仰の喜びを伝えていけますようにと願いを込めています。
 この表紙絵は、2012年度の週刊『こじか』誌で連載させていただいた「扉を開けてー光さすところへ」というタイトルで、旧約と新約聖書の響き合いをテーマにした内容の締めくくりに描きました(2013年2月10日付)。そのテーマの扉は、聖書の扉を開けて、聖霊に心を開いてという意味合いも込めました。

「わたしたちも心を一つにして神様をたたえる喜びを受けましょう。
さあ扉をあけて信仰の喜びを伝えていきましょう。」(作品タイトル)
(作家 原田陽子 記)

聖書朗読箇所について(『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
 聖霊降臨と呼ばれる出来事を伝えるのはきょうの第1朗読箇所である使徒言行録2章1-11節。祭日である「聖霊降臨の主日」では、この箇所がA年、B年、C年を通じて、いつも読まれる。この出来事の背景を知るためには、その前の1章12-26節も重要である。使徒たちはエルサレムに戻ってきて、ある家に泊まっていた。そこで、イスカリオテのユダが抜けて11人になっていた使徒団の中で、新たにマティアが選ばれて加入する。ここを踏まえると、聖霊降臨の場面にいる使徒は12人となる。この聖霊降臨を描く絵は、表紙絵の上の部分のように「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」という使徒言行録2章3節の叙述を主題に、天から注がれる聖霊を鳩の姿で描き、その口から出る炎が使徒たち(その中央にマリアが描かれることもある)の頭上に注がれるという形で描かれることがしばしばである。
 使徒言行録は、聖霊降臨をイエスの復活から50日目の歴史的出来事として描くが、決して、過去のひとときに起こった一種の奇跡としての意味を持つわけではない。ここで描かれているのは、キリストと教会の普遍的な恒常的関係を実現させる聖霊の存在とその働きが描き出されている。これは、聖霊降臨の主日の福音朗読箇所が、いずれもヨハネ福音書から読まれることとも関係する。
 その最も典型的な朗読箇所が今年A年のヨハネ福音書20章19-23節である。イエスが弟子たちに息を吹きかけて「聖霊を受けなさい」という場面(20・22参照)である。ここには、もちろん創世記の伝える人類の創造の場面が背景にある。「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた」(創世記2・7)である。小さな空間の中での復活したイエスと弟子たちとの間になされた聖霊の授与の行為が、全人類史的な転換の意味を持っていく。ここに教会、神に生きる人類の誕生がある。キリスト者は共同体として、聖霊の働きのもとに導かれているが、このことを生き生きと感じられるのは、もちろん、典礼においてであろう。典礼の集いと心を合わせて祈るその祈りは、まぎれもなく聖霊の恵みであり、この祈りを通して聖霊の働きを生き生きと感じつつ、我々はキリストと結ばれている神の子どもたちであることを実感することができる。
 このような意味で、聖霊降臨は、教会の誕生(この日の集会祈願参照)の記念でもある。そして、使徒言行録の叙述でも、聖霊は、一同を一つにするとともに、「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人ひとりの上にとどまった」(使徒言行録2・3)と、一人一人の個性や人々それぞれの故郷の言葉による宣教の始まり(6節)が語られている。個性豊かな使徒たちの宣教の始まりである。教会には、きょうの第2朗読箇所(一コリント12・3b.12-13)が教えるように、多様な賜物、務め、働きがあるが、すべて一つの霊によって一致している。
 聖霊、そしてキリストの体による一致と個々の使命への派遣、教会の生き生きとしたあり方の核心をなすことが、きょうの聖書朗読を通して語られ、この、神に活かされる生命力といったものが表紙絵の彩りの豊かさと同時に、しっかりとした構図を通しても十二分に感じられる。聖書のことばとともに、味わっていこう。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』「聖霊降臨の主日」

このページを印刷する

バナースペース

オリエンス宗教研究所

〒156-0043
東京都世田谷区松原2-28-5

Tel 03-3322-7601
Fax 03-3325-5322
MAIL