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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2023年10月08日 年間第27主日 (緑)  
最後に、……主人は自分の息子を送った (マタイ21・37より)

貸したぶどう園の収穫のたとえ 
エヒターナハ朗読福音書
ドイツ ニュルンベルク国立美術館 10世紀

 きょうの福音マタイ21章33-43節で語られる譬え話を克明に描写した朗読福音書の挿絵である(この二つの絵の間に物語の中間の場面を描く絵があるのだが、スペースの関係で略されている)。
 まず、上の第一の場面の絵を福音書の叙述と対照させながら確認してみよう。画面中央の建物の(向かって)左に立ち、杖をもっているのが「ある家の主人」(33節)である。垣をめぐらしたぶどう園が、画面いっぱいに描かれる。ぶどうの搾り場はわからないが、向かって右側にある黒い装置のような物はぶどうの実を搾るためのものだろう。中央の建物は「見張りのやぐら」(同)に違いない。主人は右手の指で、このやぐら、あるいはぶどう園全体を指し、左手に持っている杖を三人の農夫の先頭の男に握らせている。「これを農夫たちに貸し」(同)にあたる。略された第二の場面は、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところに送ったが、さんざんな目に遭わされたところ(34-36節)を表現するものである。続いて、表紙下段の第三の場面になる。それは、「わたしの息子なら敬ってくれるだろう」(37節)と、主人が送った息子を、農夫たちが捕まえ、ぶどう園の外にほうり出して殺してしまったところ(38-40節)にあたる。ここでは縛られた息子が足を捕まえられて外に出され、二人の男のもつ槍で刺されて血を流しているという様子で描かれている。
 イエスが語る「ぶどう園と農夫」の譬え話そのものは、ここで終わっている。イエスは、続いて「さて、ぶどう園の主人が帰って来たら、この農夫たちはどうするだろうか」(40節)と祭司長や民の長老たちに問いかけ、彼らの返答を聞いて答えるという流れである。そうすると、この下段の絵の右側の空間に描かれている光景の意味が感じられてくる。若者が譬え話に登場する主人に問いかけ、それに対して主人が教示を与えている光景なのである。若者は、この農夫たちはどうなるのかと問いかけているに違いない。それに対する主人の答えは、イエスの答えの中にある聖書の引用(詩編118)が暗示する。「『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える』(マタイ21・42)である。
 福音朗読箇所マタイ21章33-45節のこの「ぶどう園と農夫」の譬えは、マルコ福音書12章1-12節、ルカ福音書20・9-19節にも並行箇所があり、元々はマルコ福音書以前にあった伝承をマルコが福音書に収め、そこをマタイは取り込みながら、さらに独自の観点でまとめているといわれる。マタイの特徴の詳細は略すが、譬え話の締めくくり(42節)に引用される、詩編118 の22-23節はとても深い意味を持っている。イエスが死と復活によって新しい神の民の礎石となったことを告げ、イエスの復活のあかしとして大切にされる文言である(使徒言行録4・11、一ペトロ2・7参照)。復活徹夜祭のアレルヤ唱、復活の主日・日中のミサの答唱詩編として親しまれているものである。
 マタイの文脈では、この譬え話もまた、受難と復活の予告の意味を有していることが強く感じられる。譬えの中で、殺された息子は受難の死を遂げたイエスを暗示する。神がぶどう園(神の民)のために派遣した息子は、旧約の民からは捨てられたが、新約の神の民の源となっていくという、救いの歴史の一大転換が語られているのである。そうすると、下段の絵の右側の「主人」は、この譬えの意味を問うイエスを示すともいえるし、御子キリストを遣わした父なる神を示すともいえる。いずれにしても、この譬え話の内容を描く空間と区切られた右側の空間は、イエスの譬え話を通して我々に語りかけて、イエスを神の御子として受け入れることを呼びかける神と我々との対話空間を意味している。それは、ある意味で、我々がこの福音に耳を傾けるミサそのものを暗示するといってもよい。そこで、我々が問いかけるなら、神は豊かにみ心を打ち明けてくれるだろう。
 いずれにしても、きょう語られた譬え話は、旧約聖書で神の民イスラエルが、ぶどうの木(ホセア10・1、エレミヤ8・13参照)やぶどう畑(イザヤ5・7=きょうの第1朗読箇所に含まれる。ほかにエレミヤ12・10など参照)に譬えられてきた伝統を考えるとき、いっそう深い味わいを含んでくる。そこに実るぶどうの実は信仰の象徴、不実や悪いぶどうは不信仰の象徴となる(エレミヤ2・21参照)。きょうの答唱詩編(詩編80編〕も、まさしく神の民をぶどうの木と表し、神の保護を心から願っている。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』「年間第27主日」

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