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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2025年12月28日 聖家族 A年 (白)
子供とその母親を連れて、エジプトへ逃げなさい(福音朗読主題句 マタイ2・13より)

エジプトへの逃避 祭壇翼画(部分)
メルキオール・ブルーデルラム作
フランス ディジョン美術館 14世紀末

 表紙絵は、ルキオール・ブルーデルラム(生没年は不詳、14世紀末~15世紀初に活動した、フランドルの画家。歴代のブルゴーニュ公に仕えたという。シャンモルのカルトゥジオ修道会修道院のために制作した祭壇翼画が有名で、表紙絵の絵もその一つ。イエスの生涯の始まりに関する「受胎告知」と「マリアのエリサベト訪問」が左翼部に、「聖母の神殿奉献(=主の奉献)」と「エジプトへの避難」(=表紙絵)」が右翼部に納められている。細部表現の丁寧さ、遠近法への関心が示されるものであることはこの作品からもうかがわれる。
 エジプトへの避難の旅の図とはいえ、実際にはその途上での休息を描くもの。この主題は14世紀から15世紀に移行特には発展した、「エジプトへの避難の最中の休息」という画題に区分される作品である。
 少し、エジプトへの避難図がもった歴史と意味を振り返ってみよう。
 A年の聖家族の福音朗読箇所はマタイ2章13-15,19-20節で、前後するが主の公現(2026年は1月4日)の福音朗読に続く箇所である。占星術の学者たちが帰った後、天使のお告げがヨセフにあり、ヘロデの弾圧を避けるためにエジプトに逃げるよう告げたことにこたえて、ヨセフが幼子とマリアを連れて行くことから話は始まる。朗読箇所には省かれている、16―18節では、ヘロデによるベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男子の殺害の出来事が語られている(幼子殉教者の祝日=12月28日に読まれる箇所)。ヨセフたちがしばらく、エジプトに滞在していると再び天使がイスラエルの地に行くよう告げる。しかし、ヘロデの後を継いだアルケラオがユダヤを支配しているのを聞き、恐れていると、さらにお告げがあり、それに従ってナザレに行くこととなる。
 最終的にガリラヤのナザレに行くことになった経緯の説明話という面もあろう。そして、マタイ福音書はすべてを旧約の預言の実現であるとして、この幼子を待望されているメシア(救い主)であると証言する意図がある。エジプトに行くことについては、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」(マタイにおける引用。元はホセア11・1)ことによるとし、ナザレに行ったのは、「彼はナザレの人と呼ばれる」(マタイ2・23)という預言の実現だと説く。ただし、この文言もナザレという地名も旧約には登場しない。マタイが独自に、「ナジル人」(士師記13・5、7参照)という特別に神にささげられる者に、関連づけているか、あるいは、イザヤ11・1が告げるエッサイの根から育つ「若枝」(ヘブライ語ネセル)に関連づけているか、などの解釈がある。幼子である救い主がここで起こるヘロデによる殺害の危機を逃れるという出来事は、救い主イエスの被る最初の受難であるとも捉えられる。
 他方、聖書外典などでは、預言者の預言というところで、たとえばイザヤ19章1節「エジプトについての託宣。 見よ、主は速い雲を駆って エジプトに来られる。 主の御前に、エジプトの偶像はよろめき エジプト人の勇気は、全く失われる」を典拠に、聖家族のエジプトへの避難、到着、滞在は、当地の土着の諸宗教に対する勝利を意味するものと考えられるようになる。この理解の影響は美術においては強く、聖家族のエジプトへの旅の図に異教の偶像の転落、敗北が主題として盛り込まれることもあった。そのほかにもさまざまなモチーフが加わっていく点で、このエジプト避難の図は興味深い歴史を抱えているが、とりわけ14世紀後半から17世紀にかけて愛好された画題が、表紙絵のようなエジプトへの旅の途上で休息する聖家族を描くものである。降誕図におけるマリアと幼子の描き方がより人間的情感のこもったものになるのと並行して、このブルーデルラムの絵でも、ほんとうに小さい赤子をマリアが抱いて慈しんでいる。ヨセフは向こうを向いて水を飲んでいる。自然の描写も濃密で、本当に自然の中にいる母、父、幼子の家族に訪れた旅の中の束の間の休息である。
 マタイ福音書の朗読箇所は、神に呼ばれた家族のベツレヘムからエジプトへ、ヘジプトからガリラヤのナザレへという旅の経緯のうちに、降誕節で祝われる根本的な神秘である神の御子が人となられたこと、救い主として、世界における現れということをあかしするものである。それと同時に、ここには、神の計画において、それぞれの使命を受けている幼子イエスとヨセフとマリアという家族の姿が浮かび上がってくる。
 中世末期から近世にかけて、ヨーロッパではマリアへの崇敬もヨセフへの崇敬も高まり、それら全体を含めて「聖家族」への崇敬が高まっていく。そのような中で、エジプト避難の図の形式としても、途上での休息の光景が好んで描かれていったことは、まさしくここに、神に導かれ、その救いの計画の中でそれぞれが使命を与えられている家族の姿のうちに、この世にありつつも神の御手にある平和と平穏さを味わっている信仰者家族の模範と理想が見られたからなのだろう。
 ちなみに、聖家族崇敬が明確な形をとるのは17世紀のフランスで、そこから北米フランス領(カナダ)や全ヨーロッパに広まり、19世紀末には固有の祝日も生まれ、1920年からは全教会が祝うべき祝日となった。主の降誕後の主日(主日がない場合は12月30日)になったのは1969年からだが、それによって一年の終わりのほうで祝われることになったことも意味深い。一年の最後に自分が属している家族や家族的共同体のことを思い、感謝と希望を新たにしていく日となっているのである。表紙絵の家族が味わっているような平和が、たとえどのような旅の途上であっても、それぞれの家族的共同体にとっての神の国の予兆であることを祈りたい。
 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』聖家族

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