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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2026年1月25日 年間第3主日(神のことばの主日) A年 (緑)
悔い改めよ。天の国は近づいた (マタイ4・17より)

弟子たちに掟を授けるイエス
石棺彫刻(部分)
バチカン サン・ピエトロ地下墓室 4世紀

 初期キリスト教美術の重要な舞台である石棺彫刻には、「掟を授けるイエス」と一般に呼ばれる画題の作品が多く見られる。権威者からの法の授与という古代ローマの美術にあった型がキリスト像に適用されていったものである。キリスト教においては、この「掟」という語からは、イエスが「新しい掟」(ヨハネ13・34)と呼び、「わたしの掟」とも呼んだ(同14・15,21; 15・10参照)愛の掟が想起される。しかし、同時に、イエスがすべての人に告げ知らせた神の国の福音そのもの、そして、使徒たちに告げ、命じたことすべてをこの掟を授けるイエスの姿のうちに考えるべきであろう。その意味で、きょうの福音朗読箇所マタイ4章12-23節、または同章12-17節にちなみ、「悔い改めよ、天の国は近づいた」と言って、イエスが始めた神の国の福音と関連づけられている。  
 この作品で、イエスは青年として描かれている。しかし、右手は十字架の杖を掴み、左手は巻物を抱えている。神のことばを告げた方、十字架上で死んで、復活の勝利に至り、今や御父とともに全能の主として治められる方、というイエス・キリストへの信仰は、そのようなところに具象化されている。両脇にいる二人の使徒の立つ地面よりも、一つ上の高い台の上に立っているが、これは、いわば天におられる主の表象といえるだろう。イエスは脚台の上に立つ。権威者の象徴かもしれないが、ここは、人間より高い位置にあるということを示すしるしにもなる。そこまで権威ある存在なのに、イエスが青年像の姿で描かれている。その表情の若々しさのうちには、神のいのちの永遠の新しさを読み取ってよいだろう。
 ところで、きょうの聖書朗読の中で注目すべきことがひとつある。福音朗読箇所のマタイ4章15-16節で引用されているイザヤ書8章23節と9章1節の箇所が、直接、第1 朗読箇所のイザヤ書8章23節b~9章1-3節に含まれていることである。福音と旧約との対応が鮮やかに示される。イエスがガリラヤに退き、カファルナウムに来て住んだこと(マタイ4・12参照)が、まさしくイザヤのその預言「異邦人のガリラヤは、栄光を受ける」(イザヤ8・23b)の実現とみなされているのである。それと同時に、続いて読まれる、イザヤの箇所「闇の中に歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた…」(同9・1)に聞き覚えがないだろうか。主の降誕・夜半のミサの第1朗読の冒頭で読まれる箇所である。同じ預言が、イエスの誕生にとっても、また、今、「諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた」(マタイ4・22)というイエスの宣教活動の開始にあたっても、予告的な預言として示されているところにある神の計画の一貫性と深さを思わずにいられない。
 このようにして、イエスの宣教活動の始まりを告げるところに位置する年間第2主日、第3主日には、降誕節直後の神の御子の現れというモチーフがなお、生き続けている。そのことのさらなる現れとして、この後に続く、イエスの活動の諸場面が展開されていくのである。このように、ミサの聖書朗読箇所と造形作品を重ね合わせて味わっていくと、どちらもさらに豊かな内容が見えてくる。この掟の授与者イエスのうちに、受肉と降誕の神秘、そして、死と復活の神秘がはっきりと結ばれている。このことは、イエスの公生活における教えや行いすべてを貫き、一つひとつの出来事、場面において光を放っていく。年間主日の始まりにあたり、そのようなイエスの全生涯を思いながら、この青年像を眺めるのは意義深い。
 こうして、きょうの聖書朗読は、神の子の受肉と降誕の神秘、神の国の福音の意味、そしてイエスの受難と復活の神秘という、キリストの神秘の最も重要なポイントをしっかりと取り込み、結びつけている。
 そのような宣教の地上における結末はもちろんキリストの十字架である。そのことが、第二朗読箇所一コリント書1章10-13、17節の具体的な訓告である。すなわち、キリストによる使徒としての派遣は、福音を告げ知らせるため、しかも「キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるため」(一コリント1・17)であるとする。このように最初の弟子たちのイメージも、この表紙絵作品から考えることができる。
 この日の福音朗読箇所の長い場合の後半では、最初の弟子たちの召命(4・18-23)が述べられている点が、年間第3主日のもう一つのテーマである。イエスのこの後の活動展開は、それ自体、いつも「わたしについて来なさい」という招きを含んでいる。この年間第3主日が「神のことばの主日」として、神のことばに心を向ける日とされている。イエスを通してもたらされている神のことばに耳を傾け、一人ひとりにとって、神のことばが教えであるとともに神の国への招きであることを考えていくことが、これからの年間主日の展開においては重要である。
 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』年間第三主日

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