| 2026年2月22日 四旬節第1主日 A年 (紫) |
実にアダムは、来るべき方を前もって表す者だったのです(ローマ5・14より)「エデンの園」 手彩色銅版画 原田陽子(大阪高松教区) 表紙絵は、原田陽子氏よりご提供いただいた「エデンの園」である。四旬節第1主日(A年)の第一朗読箇所、創世記2章7-9節、3章1-7節にちなむが、実際には朗読される抜粋箇所だけでなく、創世記自体の2章7節から3章の全体を参照する必要がある。七つの円に分けて描かれる場面が創世記の本文のどこに当たるかを見ていくと、この叙述の中に深く入り込んでいくことができる。 中央の一番上の円には人(アダム)が土(アダマ)から造られたところが描かれる。「命の息」(創世記2・7)が聖霊の象徴でもある鳩の姿で描かれる。その下の円は「また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた」(2・9)に当たる。その右上(アダムの創造の場面の時計回りの下)はさまざまな獣、鳥などを造り、人がそれらを呼ぶと生き物の名となったという叙述(2・19-20参照)に対応する。その下が人のあばら骨の一部から女を造るところ(2・21-23参照)である(3・20で「エバ〈命〉」という名が示される)。そして中央の一番下の円には朗読でも読まれる3章1-6節にあたり、その次(時計周りでの左上)が7節で語られる「二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした」(3・7)である。キリスト教美術の歴史の中ではこの場面を描くものが非常に多いのは周知のことだろう。その上、最後の円はまさしくアダムとエバの楽園追放であるが、この作品のユニークなところは、二人の背後(画面の右部分)で神の命令の次第が具象化されているところである。イザヤ書6章1-3節に登場するセラフィムのようなものが二つ描かれ、その中央に輝く剣のようなものが描かれる。主である神の断固たる決断が図像化されている。 このような罪に陥ることと、園から追放されるという出来事は、その後、神の計画によって御子キリストの派遣とその死と復活を通して、人類の神への立ち帰り(「和解」=灰の水曜日に読まれる二コリント書5・20~6・2参照)という大団円に至る。そのような人類とキリストとの関係については、第二朗読箇所であるローマ書5章12-19節(長い場合)でパウロがアダムの罪とキリストの恵みの対比として語る。冒頭で「一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです」(5・12)と告げるが、この罪の始まりの張本人であるアダムは、逆の意味でキリストの到来を予告する存在であると言う。「実にアダムは、来るべき方を前もって表す者だったのです」(14節)。さらに、そのアダムとキリストのいわば逆対応関係を「一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです」(19節)と鮮やかに示し、(朗読箇所には入っていないが、主題句に挙げられている)20節の「罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれ〔まし〕た」ということばで、キリストによる救い、神の計画の究極の実現を「恵み」という重要なことばで告げる。 このことを前提に表紙絵を見るとするなら、楽園追放の円から逆時計周りに辿っていくように見るとよい。人類の創造の過程を逆回転させていくときに,頂点の神の命の霊による創造に行き着く。そこに実現されている恵み、神の期待、希望、いのちの尊厳を思い起こさせられる。イエス・キリストの到来とその生涯、まさにそこに立ち帰る道を示すものであったことを考えさせられるだろう。円を用いての表現は、その意味で「回心」を考えるのにふさわしい。 そのイエスの宣教の生涯の始まりにある出来事がきょうの福音朗読箇所で読まれる。マタイ福音書4章1-11節からであるが、ABC年ともに各共観福音書から同じように、イエスの40日間の試練が読まれる。40日という四旬節の起源を示す意味があるのはもちろんである。それと同時に、ここでのイエスの悪魔からの誘惑の拒絶のうちに、人類の罪の支配からの究極の解放の始まりを見ることができる。そして、こうしたイエスの歩みが、今の我々の一人ひとりの人生史において刻まれていくのが、洗礼への歩みであり、それとともに信仰者の毎日の生活になる。きょうのイエスへの試みとその拒絶の決断は、我々の教会共同体で受洗者とともに(洗礼を受ける者がいる場合もいない場合でも)洗礼の約束の更新をするときの悪霊の拒否を通して新たにされる。 きょうのイエスの荒れ野で試みに遭うイエスの姿の裏にアダムの姿があり、また、その表の延長線上に、21世紀の今の人類、そして我々一人ひとりの姿がある。はたして、そこにおいて罪と恵みはどのように絡み合っているだろうか……四旬節に深めるべき回心の黙想の課題が示されている。 |