本文へスキップ
 
WWW を検索 本サイト内 の検索

聖書と典礼

表紙絵解説表紙絵解説一覧へ

『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2026年5月3日 復活節第5主日 A年 (白)
わたしは道であり、真理であり、命である(ヨハネ14・6より)

いつくしみ深いキリスト                  大理石板イコン
ギリシア(北部) セレス大聖堂 11-12世紀

 ギリシア北部メトロポリスのセレス大聖堂の床上に保存されている大理石板のイコン。大変珍しい作例である。もとはイコノスタシス (聖障) に嵌(は)め込まれていたものらしい。光輪左右には「イエスス・クリストス・エベルゲティス」( 慈善者なるイエス・キリスト) と記銘されている。コンスタンティノポリスにこの名の修道院があり、そこにあったキリストのイコンが模写されて広まったと考えられている。
 荘厳な祝福を授ける右手のしぐさ、左手に抱えられた本(福音の象徴) は「パントクラトール」(すべてを治められる主)としてのキリスト のイコンに不可欠な要素である。キリストの容貌がまた印象的である。顔や手の描線は極めて力強く、ヨハネ福音書でしばしば語られる「わたしは……である」というイエス自身のあかしのことばを味わうのにふさわしいだろう。きょうの福音朗読箇所ヨハネ14章1-12節の中でも、とてもよく知られている「わたしは道であり、真理であり、命である」(6節)という、イエスの自らについてのあかしのことばとともに、この作品に向き合ってみよう。
 復活節第5主日と第6主日はABC年各年全体にわたり、ヨハネ13章、14章、15章から取られている。最後の晩餐の席での話から始まる、イエスの弟子たちに対するいわゆる“告別説教”の箇所である。復活節にあって、新入信者を迎えて、また信者も回心をしたことで、信者共同体自体が新たに生まれたという中で聞くイエスの教えは、今、我々とともにおられる主の教えとして聞くという構成である。
 きょうの箇所(A年)はヨハネ14章1-12節。イエスはまず昇天と再臨の約束(1-3節)を告げ、続く、弟子たちとの対話の中で「わたしは道であり、真理であり、命である」(6節)と告げる。
 この最初の「道」ということばに関係しているのは、福音朗読箇所ヨハネ14章1-12節の前半でたびたび告げられる「行く」という動詞である。「行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」(3節)、そして、これから向かう受難と死の意味を暗示し、「わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」(4節)と告げるなど。これに対してトマスが「どうしてその道を知ることができるでしょうか」と尋ねたときに、答えたことばが「わたしは道であり……」(6節)である。そして、それに続くことばは、御父と御子の一致、御子であるイエスを信じることへの呼びかけをめぐって展開される。
 また、福音朗読箇所の後半では、フィリポとの対話が展開する(ヨハネ14・8-12)。そこでは、「御父をお示しください」というフィリポに対して、イエスは、「示す」のではなく、「わたしが父の内におり、父がわたしの内におられる」(10節)と告げる。そのように、イエスが自らによって、他のところにいるかのように御父を指し示す役ではないということ、自らの中に父がいて、自分も父の中にいるという存在的な関係を説き明かしているということが重要である。絵や図像の解説の際には、どうしても、イエス像が御父を示しているといった言い方をせざるを得ないが、その中でもつねに、イエスと御父との相互内在を考えなくてはならないことを、ヨハネ福音書独特の叙述から学ぶのである。
 このイコンのイエスも、その姿、右手のしぐさ、左に抱える巻物(みことばの象徴)によって、御父である神自身の姿を映し出している。先週(復活節第4主日A年)の福音朗読箇所ヨハネ10章1-10節で、自分のことを、羊飼いが羊を連れて入るときの門であると言っているイエスが、そのあとの箇所で、直接、自らを羊飼いとあかしするあたりと、その関係はよく似ている。
 ヨハネ福音書にはしばしば、イエスが「わたしは……である」という形式で、決定的な力をもったことばを告げる。10章の羊の門や羊飼いに関することばはもちろん、ほかに「わたしは命のパンである」(ヨハネ6・48)、「わたしは、天から降ってきた生きたパンである」(6・51)、「わたしは世の光である」(8・12)、「わたしは、ぶどうの木、あなたがたはその枝である」(15・5)などがある。これらのことばによって、イエスはまっすぐに我々に向かってくる。我々は、それに対して、おのずとこのあかしを受け入れるかどうか、つまりイエスを信じるかどうかという決断に迫られる。我々をゆるがし、信頼へと招く、力強い自己啓示である。
 このような、きょうの福音、そして表紙作品に示されるキリスト像を、我々としては、ミサの体験に結びつけていくことが大切である。「道であり、真理であり、いのちである」キリストを信じ、そのキリストがともにいることを確認し合い(ミサでの司祭と会衆の応答句「主は皆さんとともに」「またあなたとともに」)、福音を聞き、信仰宣言をし、聖体を受け、感謝と賛美に心を合わせ、そして再び派遣されていくのである。このような壮大なキリストとの交わりがミサである。この感謝の祭儀の集いの中にいつもすでにおられるキリストの姿をこのイコンとともにイメージし、黙想の糧にしていこう。
 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』復活節第4主日

このページを印刷する

バナースペース

オリエンス宗教研究所

〒156-0043
東京都世田谷区松原2-28-5

Tel 03-3322-7601
Fax 03-3325-5322
MAIL