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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長・日本カトリック神学院教授 石井祥裕)
2026年5月24日 聖霊降臨の主日 A年 (赤)
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると…… (使徒言行録2・1より)

聖霊降臨
交唱聖歌集挿絵 
ザルツブルク ザンクト・ペーター修道院付属図書館 12世紀

 聖霊降臨の主日は、復活の主日から50日目の日曜日である。これは、A年、B年、C年共通の第一朗読箇所使徒言行録2章1-11節に基づく。1節にある「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると」と記述の「五旬祭」(50日祭)がそのもとである。聖霊降臨の出来事を描く絵は、それに続く描写を踏まえている。「……一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(1-4節)。
 実際、この絵でも、聖霊を示す鳩が中央上部に大きくはっきりと描かれ、そこから「炎のような舌」をかたどる赤い線が出ており、弟子たち一人ひとりの頭の上にその赤い炎がとどまっている。一同が聖霊に満たされて、宣教を始める直前の瞬間を描いていると考えられる。
 ところで、ここの叙述には聖霊がとくに鳩と言われているわけではない。聖霊を鳩によって象徴させる根拠は、もっと前にある。すなわちイエスの洗礼の出来事である。四福音書のすべてで、イエスの洗礼のときに注がれた聖霊が鳩のようだと記されていることを思い起こさなくてはならない(マタイ3・16、マルコ1・10、ルカ3・22、ヨハネ1・32参照)。まず、イエス自身を満たした霊が今や、使徒たちの上に降ってくる。同じ聖霊によって、同じ使命が使徒たちに与えられるという、イエスの生涯と使徒たちの宣教使命とが連続し、継承されていくことを「鳩」による描写は明示しているということが重要である。
 さて、この絵では、聖霊降臨の起こった場所がエルサレムであることを、鳩の上のほうに描かれている城壁が表しているようである。これは、背景描写と解釈した場合である。しかし、もし鳩が降ってくるその元、つまり天の城を描いていると見ることもできる。黙示録21章9-27節が語る「新しいエルサレム」である。その場合は、城壁は終末における救いの完成の光景、神の国の成就を暗示することになる。そうなると、教会の福音宣教の目標を具象化しているものともいえる。実に味わい深い描き方ではないだろうか。
 地上にいる弟子たちの様子だが、ここはペトロを中心にしている。マリアを中心に弟子たちを描く聖霊降臨図のタイプもあるが、この絵はペトロを中心としたものである。その描き方も注目に値する。右手のしぐさや左手で本(神のことばの象徴)を抱えているところなどは、玉座のキリストを描くとの要素と同じであるほどにペトロの役割と使命が強調されている。聖霊降臨の出来事によって、一同が霊の語らせるままにほかの国々の言葉で話し出したなか、ペトロは使徒を代表して、キリストのことを告げ知らせる(使徒言行録2・14-36)。使徒団の代表としての姿が、この絵では大切にされている。
 弟子たちの数は、ペトロを入れて11人。使徒言行録1章の後半で語られるマティアの選出により再び使徒は12人とされたことには対応していないといわれるが、絵画伝統では、11人で描くものも12人で描くものもあり、多様である。いずれにしても、使徒たちの姿は教会そのものを象徴する。彼らのなにか疑いか畏怖を感じているような目が印象的である。聖霊降臨という神の業の不思議さが彼らの反応によって浮かび上がってくる。
 ところで、この絵の中で最も印象的なのは、聖霊を示す鳩の奥の、金色の空間ではないだろうか。単に平面的に彩られているのではなく、奥行きや膨らみさえも感じさせる描写である。そこは、神の栄光と聖性が満ちあふれる空間である。この力が使徒たち一人ひとりに注がれて、世界へと派遣されていく、その力の「漲(みなぎ)り」を強く感じさせる。我々もミサを通して、この力を受けて、遣わされるのである。
 ここまで第一朗読の使徒言行録2章の叙述とともに見てきたが、聖霊降臨の主日A年の福音朗読箇所は、ヨハネ20章19-23節、「その日、すなわち週の初めの日の夕方」(19節)として、イエスの復活したその日(週の初めの日=日曜日、主日)の出来事として語るものである。復活したイエスは弟子たちの中に現れ、「あなたがたに平和があるように」(19節、21節)と二度も告げる。そして、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」(21節)と告げ、そうして、「彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないままに残る』」(22-23節)。ヨハネ福音書における聖霊の授与と呼ばれる出来事である。イエスの復活と聖霊の授与が同日のことであり、事柄として一つに結びついていることが示されるとともに、聖霊を受けての弟子たちの使命が罪を赦すことにあるという点も重要な教えである。
 聖霊降臨は、イエスの洗礼の出来事、そして復活の出来事は結びついて、その使命を弟子たちに授与し、派遣する。それはキリストによる罪の赦し、罪のあがないをあかしする宣教でもあることが、きょうの聖書朗読からはっきりと示される。これはもちろん「わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします」と告げて祈る主の祈りともつながっている。これらのことを考えても、聖霊降臨の主日は、主日のミサで我々に起こっていることの意味を深く告げ知らせるものである。
 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』聖霊降臨の主日

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