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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長・日本カトリック神学院教授 石井祥裕)
2026年7月12日 年間第15主日 A年 (緑)
ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで…… (マタイ13・8より)

種蒔く人
ステンドグラス 
イギリス カンタベリー大聖堂 1200年頃

 ステンドグラスに描かれた種蒔く人。きょうの福音朗読箇所(マタイ13章1-23節=長い場合、13章1-9節=短い場合)に出てくる有名な譬(たと)え話にちなんでいる。この話はいくつか注目すべき点がある。 
 一つは、長い場合の朗読をみると分かるように、譬え話そのもの(マタイ13・1-9)の後に、譬えを用いて話す一般的理由の説明(13・10-17)があり、そして種蒔く人の譬え自体の解説(13・18-23)が続くという点である。譬えを用いて話す一般的理由は、どの譬えにも当てはまると考えれば、この譬え話は、いわば代表例に当たると考えられる。もう一つは、このような内容がほとんど同じような流れで、マルコ4章1-20節、ルカ8章4-15節に含まれていることである。マルコが最も早く書かれた福音書だとすれば、それをマタイもルカも共有して伝えているということになる。
 さらに、もう一つ、重要な注目点は、譬えを用いて語る一般的理由を説明するくだりで出てくる「天の国の秘密」(マタイ13・11)という句である。マタイは神の国のことを「天の国」と語るので、並行箇所であるマルコ4章11節やルカ8章10節では「神の国の秘密」と記されている。この「秘密」ということばに注目したい。それは、ステンドグラスや聖書挿絵など、聖書の内容を絵で表すという営みの意味にもつながってくるからである。
 まず、この「秘密」のギリシア語原語はミュステーリオンである。ここでは「秘密」と訳されているが、「神秘」「秘義」「奥義」とも訳すことができる。この「秘密」という語が、ここでは、直接教えられるか、譬えを用いて、いわばベールを掛けて教えられるかの違いを説明するために使われている。「秘密」を悟ることを許されている人には、直接の言葉で説明されるが、「許されていない人」には譬えを通して伝えられるという論理である。果たして、弟子たちがイエスの直接の教えによってただちに悟ったかどうか、ここではまだ明らかではない。彼らは、イエスの教えのすべてを、イエスの十字架と復活を体験し、さらに聖霊を授けられてから本当の意味で悟っていくわけだからである。
 イエスの教えは、直接の教えであれ、譬えを通してであれ、その真意を悟れるかどうかは、聞く人が信仰をもってそれを受け入れられたかどうかにかかっている。福音書が示すのは、イエスが悟れる人も悟れない人も両方とも相手にしていた事実である。きょうの箇所からは神のことばを聞いて、喜んで受け入れるが、根が浅く、艱難や迫害を前に「すぐにつまずいてしまう人」(マタイ13・21)や、神のことばの種を受けても、思い煩いや誘惑がふさいで、「実らない人」(13・22)など、その様子の描写は具体的である。ただし、これらの教えの全体の基調は、戒めというよりも、神のことばが告げられ、神の国が到来しているということの告知である。人々は、今すでにそれを見ており、聞いている。それをだんだんと悟っていけるようにと招くことがイエスの教えの真意であり、福音書にそれがまとめられたのも、同じような後の世代のためだったのだろう。
 実は、キリスト教の美術、特に聖書画やそれとモチーフを同じくするステンドグラスの役割も、そのことに関係している。単に聖書の教えや出来事を図像化、視覚化して表現することに尽きるのではなく、それらを通して、聖書が、ひいてはイエス・キリスト自身が告げ知らせる「天の国の秘密」(マタイ13・11)に人々を招こうとしているものなのである。キリスト教美術史から教わるのは古代教会から中世前期までは、聖書の内容を図像化するために立体像を避け、平面的(二次元的)造形(壁画、写本挿絵、ステンドグラス、イコン)を主としていた。それを通して、絶えず「向こう側」からの教え、キリスト教が信じる超越的な神からの教えを受けとめることを重視していたという。目に見える図像・画像の背後に、目に見えない神の存在や主キリストの永遠の臨在を感じ取ることのうちに、そうした造形は礼拝と深く結びついていた。ステンドグラスならでの光と影の対照、そして鮮やかな色彩を通して、譬えを語ったイエスを仰ぎ、その真意をなす「天の国の秘密」つまり神の国の神秘に思いを向けていこう。
 ちなみに、この「秘密」と訳されているギリシア語の「ミュステーリオン」は、パウロ的な教えの中では(たとえばローマ16・25)では、「世々にわたって隠されていた、秘められた計画」という内容をもっている。すなわち、神のみ旨の中にあった、救いの計画を指す用語である。新共同訳聖書が「秘められた計画」と訳しているのもそのためである。それが、キリストによって実現されている、それこそがまさに福音であるというメッセージになる。ミサで告げられる「信仰の神秘」という文言にも深くつながっている。
 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』年間第15主日

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